「どおりで。ラクレット家の船は信頼出来るとみなさんが教えて下さったわけですね」

 魔法によって発展した豊かな王国ロクサーヌ。
 ロクサーヌに生まれ育ち、ランダリエを知らぬ者はいないだろう。

 かつてこの国は一人の魔女によって滅ぼされ、一人の魔女によって救われた。

 邪悪な魔女は怪物を従え、豊かな土地を蹂躙する。魔女は全て燃やし尽くせるほどの強大な力を秘めており、人々は恐怖によって支配され、嘆き悲しみながら生きるしかなくなった。
 
 ところが滅び行く祖国を嘆き、救世主を探すあてのない旅に出た者がいる。
 彼は嵐の海を越え、いくつもの国を巡り、遠く世界の果てまで進み続けた。
 やがて懸命な人の姿に胸を打たれた精霊たちは彼に手を差し伸べる。
 心優しい精霊の力を借りた青年は苦難の末、救国の魔女アレクシーネを祖国へ連れ帰った英雄だ。

 ランダリエの名は三百年の時が流れてもなお英雄として語り継がれ、彼の子孫はロクサーヌの要ともいえる家柄へと成長を遂げた。
 やがて目覚ましい活躍をみせる一族を、人々は『ランダリエの一族に手に入らない物はない』と称えるようになる。カルミアが生まれたのはそういう家で、これはロクサーヌに生まれたのなら馴染みの物語だ。しかしリシャールの態度は身近なものとは言い難い。

(アレクシーネの校長というからにはロクサーヌの出身だと思っていたけれど、異国の出身なのかしら?)

 とはいえ初対面で込み入った事情に踏み込んでは失礼だ。それよりも、カルミアには船長として下さなければならない決断が迫っている。

「リデロ、みんなに伝達を。出航よ!」

「任せろ、お嬢!」

「何が任せろよ! 最後まで間違えているじゃない。船長って何度言わせるの――って聞いてる!?」

 リデロも今回は自覚していないのか、意気揚々と走り去って行く。
 呆れるカルミアの隣からは、小さな笑い声が漏れていた。口元を隠しながら笑う上品な姿がいっそうカルミアの羞恥を煽る。

「お恥ずかしいところを……」

「いえ、失礼しました。楽しい船旅になりそうだと思いまして。カルミアさんは仕事でこの国に?」

「はい。この国の果物を輸入させていただきたいと、商談に来ました」

「浮かない表情ですが、何か問題でも?」

 元気に答えたはずが、甦る商談の記憶に表情は曇っていたらしい。