感謝を告げたカルミアは、リシャールを連れて自室へと案内する。
 少しだけ待っていてほしいと部屋に消えたカルミアは、保冷庫から取り出した小さな箱をリシャールへと渡した。
 箱を開ければ冷気とともに小さなケーキが顔を出す。華やかにクリームを絞り、苺を飾ったものだ。

「ケーキを焼いてみたんですけど、良ければ受け取ってもらえませんか?」

 さすがに誕生日を知っていたとは言えないが、ケーキを焼いて渡すくらいは問題ないだろう。知ってしまったからには陰ながらでも何かしたいと思ってしまう。
 カルミアは箱を差し出すが、リシャールは明らかに戸惑い、立ち尽くしていた。
 やがて静かに両手を添え、慎重に受け取る。

「その、こんな偶然があっていいのか……実は今日が誕生日だったものですから」

 やっぱりと、カルミアはほっとしていた。
 けれど顔には出さず、初めて知ったかのように偶然を装う。

「おめでとうございます。お祝い出来てよかったです」

「偶然とはいえ、このようにケーキを貰うのは初めてでして、その……」

「リシャールさん?」

 口籠るリシャールに、今更ではあるが甘い物が嫌いだったのかもしれないという不安が湧いてくる。
 しかし心配は杞憂だったとすぐにわかった。

「こんなにも嬉しいものなのですね。こんなに幸せな誕生日は初めてです。ありがとうございます」

 これまでの生活でリシャールからは何度も感謝を告げられた。笑顔だって何度となく向けられているからこそわかる。それはこれまでかけられたどの言葉より深く、最も嬉しそうなものだったと。
 感動を噛みしめる姿は幼い子どものようにも見える。宝物のようにケーキを抱えるリシャールは、とてもラスボスとは思えなかった。

「ではまた明日。学食へ伺いますね」

「はい。お待ちしてます」

 いつものように挨拶を交わして別れると、明日リシャールに会えることが楽しみでならない。その時はケーキの感想も聞かせてもらえるはずだ。

 けれど翌日、いつまで待ってもリシャールが学食を訪れることはなかった。
 オランヌによれば急な出張だというが、それはカルミアが学食で働きだしてから初めてのことだった。