マイクを持つと人が変わるリトくんは、絶対こっちを見ないけどね。



あたしがいる場所はわかってるらしいけど、あえて見ないんだって。



『見たら歌詞飛びそう』と言っていた。



だからいつも、あたしと紗雪は嵐生くんの正面の場所にいる。



「お待たせー」

「お疲れ‼︎今日もよかった‼︎」

「お前、俺のこと睨んでねぇ?」

「見つめてるって言ってくれる?」

「怖かったんだけど」

「先に目を逸らした嵐生の負けだからね」

「ははっ、しょうがねぇなぁ。行く?」

「行くっ‼︎じゃあね、由乃。あたしら今からイルミ見て帰るから‼︎」



紗雪と別れて、理音くんとファミレスで。



さっきから写真撮られてるのは、本人も気付いてるんだろうけど…。



「出よう?」

「俺んんち?由乃んち?ユッキーにもプレゼント買ったけど」

「じゃあうち来る?」

「お邪魔じゃない?」

「大丈夫だよ」



理音くんと家に帰ったら、迎えてくれた家族。



今日ばかりは早く帰ってきたお父さん。



「ユッキー、プレゼントー‼︎」

「いいの⁉︎ありがとう理音くーん‼︎」



理音くんが由嬉に買ってくれたのは名前と誕生日が入ってるネックレスだった。




普段漬けも出来そうなデザイン…。



「これは由乃にね。姉と弟でお揃いー」

「う、嬉しい…。可愛いし‼︎」

「大きくなったらあげてね、由布子さん」



思いがけないプレゼントは、理音くんが一生懸命考えてくれたみたい。



嬉しいなぁ…。



「あっ、ケーキ天道家に置いてきちゃった…」

「帰ったら食うよ。ありがとう」

「本当、ごめん…。こんなアホで…」

「由乃は存在してくれるだけでいいんだけどねぇ」



そんな恥ずかしいこと、親の前で言わないでよね…。



だけど本当に嬉しいなぁ。



「お父さん、理音くんち行ってきていい?」

「いいよ。うちにいてもパーティーって感じになんないし。楽しんでおいで」

「ありがとう‼︎」



眠る由嬉のほっぺをプニプニしてる理音くんは、やっぱり顔が緩い。



その顔大好き。



「理音くんのおうち行こう?ケーキ食べよう」

「いいの?今日、うちうるさいかもよ?」

「大丈夫‼︎」

「じゃあ、待って。ユッキー激写きてから…」




寒いお外に出て、理音くんちに。



家ではバーストメンバーが酒盛りしていた。


「あー‼︎あたしのケーキっ‼︎」

「ごめん、うまそうで食っちゃった」



悪気のなさそうなバーストのお兄さんたち。



唯一のプレゼント…。



無残にも、残りわずかになっていて。



蕾さんがバーストの奥様たちとクリスマスパーティーに出かけているからやりたい放題になってたようだ…。



「お前らマジ最低」

「許せよ、理音。うまかったよ?それにこんなにひとりで食えねぇじゃん?」

「せっかく由乃が作ってくれたのに…」

「まぁまぁ、飲めよ」

「未成年だから。マジ死ね、クズども」



そう言って残りのケーキを食べた理音くんは、テーブルに並ぶ豪華な料理を奪い取って部屋に向かった。



静かになった空間で、ふたりでゆっくり食べながらのクリスマス。



「許せない、あいつら…」



理音くんがずっと文句を言っていた。



お互いにお風呂に入って、同じ布団に入る。



来年も一緒にクリスマス過ごせるといいな。



その先もずっと、ね?



【理音】



自分たちの卒業式に、何故か俺は歌う。



定番の卒業の歌を、前に出て独唱して。



入学式同様、頭を下げて自分の席に戻る。



どうやら、入学式に俺が歌ったのを来賓がお気に召したそうだ。



最後にはみんなで歌って、滞りなく終わった卒業式。



「リトル先輩‼︎思い出に抱いてください‼︎」

「ブレザーくださいっ‼︎」

「握手してください‼︎」



鬱陶しい。



だけど、もうこんなこと、最後だからね。



紗雪は短大に行くことになり、由乃はもう少ししたら研修で他県に行くことになってる。



そして、念願だった俺と由乃の部屋。



卒業式が終わってからすぐに住む予定。



ユッキーの成長を見守りたい由乃が、どうしても譲らなかった実家の近く。



マンション、契約したよー。



2LDKだけど。



ひとつは俺の楽器やパソコンが占領してて、後はふたりの寝室。



じいちゃんが、セキュリティのことを心配してこの場所になったわけだ。



家賃が高い…。



俺が全部出すと言ったのに、譲らなかった由乃が光熱費担当。



食費はそれぞれって感じで、俺はこれから仕事一本でやって行く予定。



卒業式の後みんなで集まってから解散して俺の実家と由乃の実家の真ん中くらいの場所にあるマンションに、そのまま一緒に向かう。



もう荷物は運んであって、住むだけの状態。



「「ただいまおかえりー」」



卒業式で泣いていた由乃が、満面の笑み。



これからここが俺と由乃の城…。



「夜ご飯どうする?」

「その前に…」



由乃を抱っこして、強制的に連れ込んだベッドルーム。



「な、なんで⁉︎」

「制服姿、見納めだから」

「えっ、えっ⁉︎」

「思い出に、ね?」



忙しくて最近触ったなかったし。



美味しく食べた由乃と、一緒にお風呂入って、着替えて。



「夜、食べる?」

「いらにゃい…」



卒業式の緊張と疲れから、そのまま眠った。



こんな幸せが毎日訪れるなんて、夢みたいだよ。



次の日からは私服の生活。



まだヒマな由乃が朝ごはんを作っていた。



免許も取れたけど、移動は基本的に事務所の車。



だって俺、車ないもん。



「食材、どうしたの?」

「コンビニ行ってきたんだよ。なんか、早く起きちゃって」

「ありがとう」



食べたら仕事に向かいます。



予想外に忙しい俺たちに、ひとりのマネージャーが着いた。



ロン毛をハーフアップにしてて、ヒゲの似合う元バンドマン。



吉沢さん。



「おはようございます」

「おはよう。疲れてねぇかー?」

「大丈夫です。道、迷わなかった?」

「ウタさんちに行く気分になってて、曲がる道そのまま行った」

「あははっ、ご苦労様です」



今日は春にあるフェスの話‼︎



頑張って由乃のこと養えるようになんなきゃね。



「おはよー、嵐生」

「おぅ…」

「めっちゃ疲れた顔ー」

「母ちゃんが俺が卒業できたのが嬉しくて、夜中まで愚痴に付き合わされた…。俺も家、出てぇよ…」



みんなそこそこもらってるから、出たらいいのに。



全員を迎えに行き、仕事して家に帰って。



「おかえりなさいっ‼︎」



エプロン姿の由乃に抱きつかれた。



なんでこんなに可愛いのか…。



出迎えでそんな嬉しそうにされたら、俺も嬉しいじゃんか。



「ご飯作ってたの?」

「うん‼︎理音くんに料理負けたくないんだもん」

「もぉ〜…可愛いなぁ…」



由乃が作ってくれたハンバーグを食べていたら、珍しい人からの着信。



野芝さん…?



「ちょっとごめんね…。もしもーし?」

「リトか?」

「そうですよ?」

「お前、明後日ヒマ?」

「えっと…ヒマですね」

「家どこ?住所送っとけ。朝に迎えに行く」

「えっ?どういうことっ⁉︎」

「じゃあな」



野芝さん…。



用件はなんだったの…?



迎えに来るって、何時に…?



「誰からだったの…?」

「野芝さんなんだけど…明後日の朝に迎えに来るって。意味わかんない…」

「あははっ‼︎なんだろうねー」



一応住所を送り、迎えた当日。



由乃とくっついて眠っていた明け方に、サイドテーブルで鳴り響く着信音。



「理音くん…電話鳴ってる…」

「誰…」



ぼやける視界で確認した名前に飛び起きた。



朝に迎えに来るって…まだ4時だけど⁉︎



「はいっ⁉︎」

「おー、起きたか。早く出てこい」

「えっ?モーニングコール…でしょ?今から準備しろよってことでしょ…?」

「いや、着いた」

「はぁ⁉︎」

「10分な」



慌ててベッドから出て、すぐに着替えて歯磨き。



寝癖がヤバくて、急いで濡らしてガシャガシャとムースで適当にセット。



「どうしたの?」

「野芝さんが来たっぽい」

「えっ、まだ4時なんだけど…?」

「ごめんね、由乃は寝てて‼︎詳細がわかったら連絡するから‼︎」

「う、ん…?行ってらっしゃい…?」

「行ってきますっ‼︎」



スマホと財布をポケットに突っ込み、まだ薄暗い外に出ると、マンションの前にはデカいワンボックスが止まっていた。



外でタバコに火をつけている野芝さんと、その隣にいたのは野芝さんと仲がいいと言われている、パンクロックバンドのボーカル、ヒロキさん。



「おっ、思ったより早いじゃん」

「おはようございます…」

「はははっ、寝起きでもイケメンだなぁ、リト」



ヒロキさんにもしっかりと挨拶をしましたけど…。



俺、ヒロキさんと初対面…。



今日呼ばれた意味もわかんないし…。



「乗れよ」

「なんなんですか…。誘拐?身代金ならウタがいっぱい出してくれると思うんで解放してほしいです…」

「ウタさんから身代金取ったら殺されるっつーの」



乗り込んだ後部座席。



目的地もわからぬまま、発進した車。



野芝さんの車、カッコいいなぁ…。



俺は寝てもいい?



「どこ行くの…」

「言ってねぇのかよ‼︎」



『言わない方が面白くて』と、悪気全開のお言葉。



俺、これでも野芝さんのことすげー尊敬してるんだけどなぁ…。