冷蔵庫から水とお茶を取り出して、お茶を手渡されて。



ゴクゴク水を飲む理音くんの喉仏が、なんだかエロい。



「寝起きドッキリ、心臓に悪いよ」

「ごめんね?」

「嬉しいけど…。マジで俺が夢遊病になったのかと思った…」

「よかったね、夢遊病じゃなくて」



拾い上げた紙をまとめてゴミ箱に入れたり、パソコンを閉じて机に片付け始めた。



珍しいよね、理音くんがこんな部屋なの。



「最近、忙しい?」

「うん。やっぱり、俺より嵐生が書いた方がいいなぁって、夜中に思ったから、作詞やめて寝た」

「何時に寝たの?」

「3時?くらい?」

「えっ、じゃあバイトまで寝る予定だったんだよね⁉︎ごめん、起こしちゃって…」

「いいよ。由乃が会いたくて来てくれたの、嬉しい」

「理音くんは優しすぎる…。あたしに合わせなくていいんだよ?」

「合わせてないよ?俺も由乃に会いたかったし」



合わせてるよ…。



キスのことだって、あの日の反省のことだって。



理音くんの行動は、基本的にあたしを思ってすること。



「抱っこして…?」

「珍しい」



部屋の鍵をかけた理音くんが、ベッドに座るあたしを膝の上に乗せてくれた。



ギュッと抱きつくと、優しく背中をさすられる。



「もっとワガママでもいいのに…」

「本当?じゃあ、由乃のベッドに寝ていい?」

「は…?」

「由乃の部屋着ちょうだい?毎日抱っこして寝るから。あっ、枕でもいいよ?」

「だからそういう気持ち悪いことじゃなくて…」

「由乃の匂い、大好きなんだもん…」

「ホント、変態だよね…」

「俺、由乃に振られたらストーカーになるね?あっ、その前に監禁しちゃえばいいのか。由乃のせいだからね?由乃が俺を変態にしたんだから」



そんなこと言われても…。



どっかおかしいよね、理音くんって。



今の理音くん、俗に言う『残念なイケメン』ってやつだよ?



あたし、理音くんを変態にした記憶もないんですけどね…。



そんなことより。



「ねぇ理音くん、チュー…していい?」

「あはっ‼︎耐えられなくなったの?」

「うん。もうムリ」

「どーぞ?」



少しだけしたキス。



恥ずかしい…。



でも、やっとできたよ…。



「足りるの?それだけで」

「足り…ない…」

「だよねぇ。俺も全然足んない…」



どちらともなくしたキスは、まだ朝だなんてこと、どうでもよくて。



歯磨き粉の味がする…。



「キスだけで、いい…?由乃」

「よく、ないけど…バイト…行ける…?」

「これで終わった方が行けなくなる」

「うん…。もっと、が、いい…」

「じゃあ食べさせてあげる」

「おいしい?」

「おいしいよ、きっと」



欲求不満?



そうだったみたい。



やっぱりさぁ、あたしって絶対理音くんに洗脳されてると思うの。



心も体も。



「あぁ…おいしいのは俺じゃなくて由乃だね」



ううん、理音くんも、おいしいよ。



そう思うあたしはきっと、理音くんの虜なんだ。



【理音】



ライブがやりたい、ライブがやりたいと、訴え続けたのに。



「お前ら事務所と契約したんだろ?プロは滅多なことがない限り上がらせねぇよ?」



と、修平さんに言われてしまって。



ライブができない。



クソぉ〜…。



なんかもう、ヤケななってきたわけで。



「父さん‼︎ライブに呼んでよっ‼︎」

「えっ?見に来たいの?次だと…地方のフェスだけどいい?」

「ちがーうっ‼︎ライブがやりたいのっ‼︎」

「ん?俺らと対バンできると思ってるの?」

「思って‼︎ないです…」

「だよねぇ。俺たちのライブの対バンが理音達って、お客さん泣いちゃうよ。『誰?』ってなるねー。金返せ状態?あははっ‼︎」



わかってるもんね‼︎




駄々こねたかっただけだから‼︎



「じいちゃんが自分で仕事とって来いって言うから…」

「そっか。理音たち、ネットでは人気あるからね。生配信でもすれば?」

「んー…」



生配信か。



ネットでは好きにやれとじいちゃんに言われている。



炎上しなきゃいいってさ。



そこんとこは気をつけてるけど…。



生配信…。



何かに繋がればいいかな?



そう思い、生配信をすることにした。



『hack 生ライブやります』と告知してから、集まった音楽部屋で、20時スタート。



生って初めてだ。



「どーもー、hackでーす」



なんて、嵐生のお笑い芸人みたいなノリで始めた。



「これ、大丈夫?見えてる?」

「あっ、コメント来た。『生リトルヘブン‼︎』だって」

「違うからね?これ、hackのチャンネルだから」

「『ゲスの名前わかんない』って言われてるー」

「リト、『リトル喋ってる』って言われてるぞ」



待っててくれた人がいたようだ。



時間が経つにつれて、どんどん増える視聴者。



「喋りじゃなくて、ライブだから‼︎じゃあ、やりますけど…音とかマジで大丈夫?」

「わかんない」

「リトが『可愛い』とか、そういうコメントはいりませーん。ってことで、そろそろ聞いてもらおうか」



調整はしたけど、大丈夫かな…?



とりあえず1曲やると、やっぱり音が微妙らしい。



でもね、これしかないのだよ。



俺たちが今、ライブができる場所が。



「ごめんなさい。音、もう少し調整してみる」

「生配信、怖いな」



俺以外がわちゃわちゃしてる。



俺は調節に調節を重ねて…。



「マシになったと、思う。自身はない」

「よし、じゃー2曲目‼︎」



気がつくと視聴者の数が、修平さんのライブハウスには入りきらない数になっている。



見られてる。



俺の歌、聴いてよ。



みんなの音、いいでしょ?



早くて追いつけないコメントの嵐。



アンチは無視。



いやなら見なきゃいい。



「聴きたくねぇなら耳でも塞いどけ」



と、つい本音が出てしまったり。



あっ、炎上怖いっ‼︎



「あー、楽しいー‼︎」

「はい、次‼︎」



立て続けに2曲やって、ガンガン来てるリクエストで、前にやったことがある合唱曲のロックバージョンを歌って。



おーしまい。



「「ありがとうございましたぁー」」



と言って締めた。



どうだろう。



達成感はないんだけど。



「お前が途中であんなこと言うからビビった…」

「ブラック理音、久しぶりに見たな」

「えっ?理音ってキレんの?」



キレるときはキレるよ。



だって、めっちゃウザかったんだもん…。



「愛花の胸ぐら掴んで死ねとか言ったことあって、理音って実は元ヤン?とか思った」

「俺が元ヤン…」

「そんなわけねぇのは、付き合ってくとよーくわかるわけさ」

「うん、俺、優等生だもん」

「実は腹黒いけどな」

「そんなことない」

「ある。校長を誑かしたのもお前」



いいアイディアだったでしょ?



おかげで俺たち、学校公認なんだから。



だってさぁ、運動部の子がプロになるって言ったとして、それは認められるのに、音楽はダメとか、意味わかんなくない?



どっちも同じじゃんか。



「生配信、難しい…」

「しばらくいいな、やんなくて」



なんか疲れたよ…。



そう思っていたら、数日後にじいちゃんに呼び出されて事務所へ。



「「フェス〜⁉︎」」

「地方の小さいフェスだ。5曲あんなら、ギリギリ出れるしな」

「売り込んだの⁉︎」

「そんなわけねぇだろ。あっちから声かけてもらったんだよ」



生配信を見て、気に入ってくれたらしい。



ねぇ、じいちゃん?



「これってさぁ、そろそろCD出してもいいよって意味なんじゃなぁい?」

「調子に乗るな。もっとネットで煽れ。登録者数、10万でCD出してやるよ」

「それ、程遠い気がする…」

「あっ、まだ非公開だからな。外に漏らすなよ」

「「はぁい」」



アニメの方ではお金もらえるらしいよ。



いくらなのかはわかんないけど。



事務所を出ようとした時、有名な人発見。



「うっわぁ‼︎ウタさんの息子ー‼︎お前リトルヘブンだろ⁉︎」

「竹下さんだぁ‼︎初めまして、hackです。よろしくお願いします」

「こちらこそー。つーか、お前、俺の曲やっただろ」

「あっ、以前お借りしました…」

「ふざけんなよ。俺よりうまく歌うんじゃねぇよ‼︎俺がどんだけ響さんに怒られたと思ってんだ‼︎」

「ご、ごめんなさい…?」

「憎たらしい顔しやがって。ムカつくー。ウタさんの息子だけどマジでムカつくー」

「ごめん…なさい…」

「ウソウソ。すげーよかったよ。バンドもいいじゃん、俺は好き。まぁ、頑張れよー」

「「ありがとうございました」」



有名人と喋っちゃった。



フェスだって。


野外で騒げる…。


「これって、楽しいことじゃない…?」

「今から緊張してきた…」

「楽しめばいいじゃん」

「理音の心臓、どうなってんの?ドキドキしねぇの?」

「するよ、由乃に」

「…………うん、そうだね」



うわっ、また『天然発揮』って思われてるっ‼︎



たまにこんな顔をされる。



哀れんでるというか、悟りを開いた笑顔というか。



そんな時、俺は天然を爆発させてるらしいんだけど…。



「ちっちゃい心臓なんだね、みんなの」

「はぁ⁉︎」

「楽しめばいいだけじゃん。俺は歌うの、大好きだから。ワクワクするよ」

「いいなぁ、自信のあるヤツって」

「自信ないなら、自信つくまで練習するだけだよ。俺だって、産まれた時からうまかったわけじゃない」



父さんやじいちゃんを見てて、歌が好きで。



俺も歌いたかったから。



うまく歌うには、どうしたらいいかって。



父さんの真似をしたり、他の歌手を真似たり。



思うように歌えることの方が少ないよ。



それでも、俺は楽しいから。