コンビニでいろいろな物を買い込んで、初めて理音くんを部屋に入れると、『感無量』って言葉が何度も聞こえる。
「そ、そんなに見なくていいよ…」
「だって雛森の部屋…。雛森の匂いがするし…べ、ベッドに…寝ていい…ですか?」
「うん、絶対ヤダ。ろくなこと考えてないよね。理音くんは、あっちにお座りね?」
「枕だけでいいからっ‼︎部屋着でもいいし‼︎」
「理音くん、あんまり気持ち悪いと、追い出すよ?」
「気持ち…悪い…」
よし、黙った。
でも、可哀想なので、飾ってあった昔もらったぬいぐるみを貸してあげると、犬のようにぬいぐるみに飛びついて来た。
なんか、わかった気がする。
理音くんの扱い方。
狭い部屋で4人が床に座れることは困難で。
紗雪と山口くんがベッドに座り、尻尾振ってぬいぐりみと戯れてる理音くんの隣に座った。
「ねぇ、理音くん」
「ん?」
「お昼ご飯作ってくれる?あたしも手伝うから」
「いいよ?雛森母さんのも作る?」
「ありがたいね、それ。じゃあ、一緒に買い物行こうか、ふたりで」
「行く‼︎新婚みたいに」
部屋に入ってからお花畑の理音くんと、近所のスーパーに歩いて出かけた。
ふたりで話し合ったらいいよ。
あの紗雪が泣きそうなんだもん。
「デートだねー」
「違うよ。ちゃんと話、させてあげたかったの」
「そうなの?何があったか、俺、全然わかんないからさ」
「愛花が、山口くんの過去引っ張り出してきて、紗雪が怒って愛花のこと殴ったの」
「うわぁ‼︎見たかったな、それ。さぞスッキリしたことだろうに」
「理音くんって愛花のこと嫌いだよね…」
「うん、嫌い。雛森に嫌がらせするから、本当に嫌い」
ヘッドホンまで壊されたのに基準があたしなのかと、ちょっと照れた。
紗雪には、解決したら部屋から出ておいで。
とメッセージを送り、理音くんと買い物をしてからキッチンでご飯を作った。
「いいにおーい…」
「おはよ、お母さん。理音くんがご飯作ってくれたよ」
「マジで?超ありがた…ん?あんたら、学校は?」
「ま、まぁ、あたしたちにも色々あるんだよ‼︎今、紗雪が部屋にいて、お悩み解決中だから…」
「そっか。まぁ、前よりマシだしね。って‼︎理音くん、うちにお嫁に来ない?なに、このフワトロオムライス…」
ご飯ができたら、紗雪が泣きはらした目をして山口くんと出てきて。
お母さんも一緒にご飯を食べた。
ふたりとも笑ってるから、解決したのかな?
「うまっ…。理音天才」
「母さん直伝」
「納得‼︎蕾さん、マジで料理上手だもんなー」
「ねぇねぇ、食ったらカラオケ行かない?俺、歌いたい。カラオケ行ったことないし」
「いいねぇ、たまには騒ぐか」
「嵐生はいつも騒いでるじゃん」
初めて理音くんとカラオケ。
紗雪がリトルヘブンの歌声にうっとりしていて、山口くんが紗雪の耳を塞いでた。
負けたくねぇとかって、ふたりで歌い出してて。
「由乃、ありがとね」
「ううん、紗雪はいつもあたしのこと助けてくれるから。少しは恩返しできたかな?」
「嵐生がね、昔のこと、後悔してるって。あたしにちゃんと向き合いたいって言ってくれた。真っ直ぐな理音と由乃見てると、自分もちゃんとしなきゃって思うみたい」
「そんな…照れるじゃん…」
「なんで好きになったのかな、あんなバカ」
「理屈じゃないんだよって、なんかのドラマで言ってたよ」
「そうだね。ほんと、そんな感じ」
笑ってる紗雪は、幸せそうだった。
たまには、親友の力になりたい。
そう思った。
【理音】
テスト期間が終わり、帰って来たテストに、納得いかない。
「ねぇ、これ、間違ってると思う?」
「ごめん、その英語がわかんない…」
「ちょっと、直談判してくる」
今回も学年2位。
絶対間違ってないからね。
なんでバツなの?
職員室で、ノックして。
英語の教師、担任の前に立つ。
「どうした?今をトキメク天道」
「これ、間違ってないよ」
「ん?これは…習ってないからダメだ。これは日常会話」
「日常会話を訳せって言うから訳したじゃん」
「だから、習ってないんだよ。テスト範囲外」
「なんでダメなのかわかんない。こんなコテコテの日本語の訳で通じる方が違和感」
「仕方ないだろ。国に言えよ」
「ケチ‼︎」
「おいおい、先生に向かってケチとはなんだ」
間違ってないんだもん‼︎
絶対譲りたくない。
「コレね、英語圏内の人から言わせれば『〜でごわす』みたいな感じじゃん‼︎なんだよ、ごわすって」
「うるさいな、西郷さん、あっ、天道さん。わかったよ、三角な」
「丸だよ‼︎」
「三角でごわす」
ムカつくー‼︎
2点上がったものの、順位は変わらずに2位だった。
次は1位を狙いたい…。
「あっ、天道。お前、進路希望出せ。来年のクラス分けにも影響するんだから」
「あぁ、うん」
「どこの大学行くんだ?」
「大学?行かないけど」
「はぁ⁉︎就職するのか…?」
「どうかな?フリーター?」
「俺はお前がなに考えてるのかさっぱりわからない…」
とりあえず、親と相談して早く出せと言われた。
将来かぁ…。
歌うことしか頭にない。
他の未来が見えない。
「どうだった?」
「三角になったでごわす…」
「ご、ごわす…?」
「ねぇ、雛森。雛森は進学するの?」
「あたしは就職だよ。紗雪は進学って言ってた」
今回はギリギリ赤点を逃れた嵐生にも聞きたい。
お互いにバイトがないので、今日はうちで練習することになってるし。
みんな、どんな風に考えてるのかな。
聞いてみよう。
久しぶりにメンバーが集まって、母さんが張り切ってスーパーに食材の調達にでかけた。
「ねぇ、みんなは進路になんて書いたの?」
スバルは『ドラマー』と書き、タカは『お金持ち』。
嵐生は『バンドマン』と書いたそうだ。
「ねぇ、その方向で進路考えてもいいの?」
「将来の夢とか、いままでどうだってよかったし。今やりたいことって、コレしかねぇんだもん。それに、進学できるほど、俺らは頭良くねぇから」
「プロになるってこと?メジャー狙うってこと?それでいい?」
「いいんじゃね?」
「わかった。俺もそうする」
「理音がやりたいことあんなら、話は別だぞ?」
「ううん、俺もコレ以外やりたくない。このメンバーじゃなきゃ、俺はひとりで歌う。他とじゃブワッてなんないもん」
「ブワッ…?」
体の細胞が、ブワッとするんだよ。
よし、進路希望にはちゃんと書こう。
「おっ、やってんな、ガキ共」
「「響さんっ‼︎」」
「お前らの文化祭でのステージ、ネットに晒されてたな」
「「えぇぇぇぇっ⁉︎」」
じいちゃんの言葉で、とりあえずチェックしてみた。
うわっ、本当だ…。
誰だよ、勝手にあげたやつ。
「レッスンに金かけた甲斐があるってもんだ」
「響さん、俺ら有名人になった…?」
「なってねぇし」
「どうやったらプロになれますか?」
「お前らの場合、俺が目をかけてる。今から経験積んで、人気が出たら拾ってやってもいい」
「「マジですか‼︎」」
「そのためにやることを、自分たちで考えろ。俺らの事務所は、適当にやれば入れるほど甘くねぇからなー」
これはコネ?
まぁ、プロになれるなら、それでもいいけど。
使えるものは使うべきでしょ?
じいちゃんが出て行った音楽部屋で、会議を開始する。
「まず…ライブやんね?」
「「おぉ‼︎」」
「でも、コピーバンドとか…」
「オリジナル、作ればいいじゃん」
「理音くん、誰がどうやって作るのかなぁ?誰も作り方わかんねぇよ?」
「使えないヤツらめ。曲は俺が作るから、作詞は誰かやって。嵐生の言葉、俺は好きだよ」
「俺…?」
とりあえず、何曲か作ってみよう。
うん、決まり。
早速、じいちゃんに曲の作り方を聞いた。
「音楽部屋のパソコンでやれ。手書きでもいいけど、お前、パソコンの方が得意だろ?もやしだから」
「もやしじゃないけどね。やり方教えて」
じいちゃんの手ほどきを受けながら、パソコンで作曲ができることを学んだ。
録音とか、そういうのはできるけど、曲を作るのが初めてで、かなりワクワク。
「ご飯でーす」
母さんが、山盛りのご飯を作ってくれて、みんなで話しながら楽しく食べる。
こういうの、夢みたい。
ぼっちだった俺が、こんなに友達を家に連れてくるようになって、一緒に母さんのご飯食べて。
いいなぁ、こういうの。
「俺思ったんだけどさ…作詞って、すっげー恥ずかしくね?自分の内側見せてる…みたいな?」
「別に俺が作ってもいいけど?今の俺の内側がどれほどドロドロムラムラしてるのか知ってて、それでもいいなら」
「18禁の歌じゃねぇかよ、それ…。童貞、怖いわ…」
だから頼むよ、嵐生。
それから、本気で打ち込んだ。
父さんがたまに帰って来て、俺がやってることを知った。
「進路希望、ミュージシャンって書いといたからね。進学しない」
「しないの?てっきり大学行くんだと思ってたよ」
「大学行くのが近道ならね。でも、それは近道じゃない気がするから。売れなかったら、バイトしながらちゃんとお家にお金入れるからね。迷惑かけるかも」
「いいよ、別に。俺は理音にこうなってほしいって思ったことないから。理音は理音で、やりたいことのために全力で打ち込みな」
「俺、父さん大好き」
「こんなでっかい息子から、そんな言葉が聞ける日がくるとは思わなかった。もし、ライブやるなら、修平のとこがいいよ。インディーズの聖地みたいなもんだから。まぁ、出られれば、の話ね」
頑張って、認められる人になりたい。
その日から、俺は勉強するのをやめた。
ひたすら音楽。
あっ、そう言えば部室にバンドのマンガがあったっけ。