理音くんの作ってくれたパスタは、お店の味だった。
「理音くんって、本当はスポーツも得意?」
「うーん…、歌うために体力必要だって父さんに小さい頃から言われてたから家で体動かす程度だよ?筋トレ用の部屋で」
もやしっ子に見えるのに…言われてみると、抱きしめられた時に意外とガッチリしてたような気もする…。
「片付けたら部屋行こう」
頭もいいんだよね?
歌もうまくて、こんなにキレイな顔してて、更に優しい。
料理もスポーツもできるとしたら…。
あれれ?
パーフェクト…?
「理音くんってなんであたしなんかと付き合ってるの⁉︎」
「へっ⁉︎」
「あたし、なんの取り柄もないし…可愛くないし…頭も中の中くらいで、めっちゃ平凡なんですけど⁉︎」
「そう?雛森は殺人的に可愛いよ」
あうっ‼︎
なんか怖い言葉ついて来ちゃったよっ‼︎
「俺ね、雛森の性格が好きだよ。穏やかで、あんまり怒ったりしないでしょ?」
「そうかも、しれないけど…」
「一緒にいたいなぁって思ったから、付き合ってるんじゃない?」
もういらないって…言われないかな…。
部屋に移動しても、急に襲った不安がお腹の中でグルグルしてる。
ベッドに座った理音くんが、あたしの手を引っ張って足の間に収めた。
「今日1日ずっとこうしたかった…」
抱きしめられて、頭撫でられて。
溶けちゃいそう…。
「理音くんはね、きっとこれからモテると思うの…。あたしが先に理音くんを見つけただけで、理音くんにはもっとお似合いの人がいるかもしれない…」
「それ、本気で言ってるの…?」
「だって、あたしなんか普通の…」
「俺って信用ない?」
「そうじゃないけど…」
「雛森に嫌われたら、生きていけないよ、俺。結構、今の俺って雛森だけでね。バイトしてても雛森のこと考えてるし、早く学校始まんないかなぁなんて、初めて思ったりして。雛森に会いたくて、会ったら、離れたくなくて。大袈裟に言えばね、雛森以外、どうだっていいと思うくらい、雛森が好きだよ」
あぁ、やっぱり、理音くんは理音くんだ…。
不安になれば、こうして言葉をくれる。
不釣り合いだって言っても、それを許してくれない。
理音くんを好きになって、理音くんに好きになってもらえて…本当に幸せだ。
「俺だって…いろいろ必死だからね」
「そんなことないじゃん…」
「これでも戦ってるんだよ、理性ってヤツと。雛森のことちょー大事だから、傷つけたくないしね。でもね、俺も結構ダサいんですよ」
それは…どういう…。
理性…?
「理音くん、あたしと…シたいとか、思っ…たり、するの⁉︎」
「直球すぎっ‼︎もぅ…そういうのはまだ早いからっ‼︎」
顔が赤くなった理音くんが、あたしの頭を自分の胸に押し付けた。
ふふっ、顔、見られたくないんだね。
あっ、ドキドキ…早い…。
「大好き、理音くん…」
「ちょっと…飲み物とってくる…」
「へっ?冷蔵庫に入ってるんじゃ…」
「じゃあ…トイレ行ってくる‼︎」
逃げた理音くんが、どうしてなのかわからないけど。
やっぱり、理音くんはあたしなんかよりずっと可愛いと思った。
【理音】
『我慢できるもんじゃなくね?』という、嵐生の言葉が、痛いほどわかる。
年頃の男の子の俺には、大好きな彼女の存在が媚薬のように感じられる今日この頃。
抱きしめたいのに、抱きしめると俺の大事な部分が痛いくらい暴走する。
「マジ引く…」
「ぶはははははっ‼︎」
「どうにかして、本当に…」
「抜けば?」
「卑猥なこと言うな…」
「だって、溜まるもんは出さねぇと」
「出してもムリ…」
もっぱら、俺の下半身事情の相談相手は嵐生だ。
笑われるけどね。
大人な嵐生に、俺の気持ちなんかわかんないんだ。
「お邪魔しまーす」
「スバル‼︎お前って女抱きしめたら勃つ?」
「えっ、女にもよる。セフレには勃たん」
「チェリーの理音くんが悩んでるのぉ」
「あっ、雛森ちゃん?確かになぁ…。あのクリクリの目で見上げられたら勃つかも」
俺の彼女をそんな目で見るな。
目、潰すぞ。
俺には切実な悩みなのに…。
「で、どうだったんだよ、いずみん」
「えぇぇぇぇ…お兄様の前で聞く?」
俺は嵐生のお兄様じゃないんだけど?
一緒に出かけたって話は聞いた。
泉が行きたかったクレープ屋に並んで、流行りの飲み物に並んで。
まぁ、嵐生だけが並んでたらしい。
『嵐生くんって、いい人だね』と言っていた泉は、どうやら嵐生をパシリにしたらしい。
本人が全く気づいてないとこが気の毒。
「また遊んでねって…マジ天使の笑顔だったなぁ…」
「羨ましすぎ‼︎いずみんとデートできんなら、それだけでいい」
「だろ?なんつーの?もう、存在が尊い」
「尊い、尊い」
全く尊くないよ。
俺の妹だからね、アレ。
しかも、なかなか腹黒いからね。
「付き合うとか、進展の見込みは?」
「あるわけねぇじゃん。相手にされてねぇよ、俺なんか。でも、すげー可愛かった。夢見ちゃいけないって、かなり自分に言い聞かせてた」
はいはい、お疲れー。
その後にタカが合流。
バンド練習の始まり。
俺のわけわかんない性欲、歌で発散するから。
「すっげ…。ははっ‼︎どっから出てんだよ」
今まででいちばん、全部出した。
声にして、飛んで、跳ねて。
「理音ぉぉぉぉぉ‼︎お前最っ高‼︎マイク持つと人か変わんのな‼︎」
「はいはい、次の」
「なんか知んねぇけど、すげーな‼︎」
とにかく歌った。
途中、父さんがやってきて、俺たちを見ている。
おいおい、ギターとベース、下手くそかよ。
「理音が走り過ぎ…」
「嵐生とタカが着いてこれてないだけだよね、父さん」
苦笑いで頷く父さんに、ガクッと肩を落とすふたり。
スバルはいいね。
すごくうまい。
「スバルって、いつからドラムやってたの?」
「俺は小学生の頃からドラム教室通ってたから」
通りでうまいわけだ。
練習が足りないよ、ギターとベース。
嵐生よりも、タカよりも。
俺が弾いた方が絶対うまいんだけどね。
でも、俺は歌うことがいちばん好き。
「理音は、ちょっと危ないよ」
「えっ、なんで?」
「喉、やっちゃうよ、その歌い方。今までと違うの、わかってるでしょ?特に高音のとこ」
父さんに指南される俺…。
くそぉ…。
確かに、喉痛いかも…。
声の出し方を教えてもらったり、ツインギターもいいんじゃないかと提案をもらったり。
これで成長できれば、もっとブワッてなるね。
「下手くそだけど、そこまで下手に聞こえないよね、君達」
「はははっ、なんスか、それー」
「いやぁ、まだまだなんだけどね?なんていうか…響に聞いてもらおうか。俺より彼の方が指導役には向いてるから」
ん?
じいちゃん?
『響』という名前が飛び出して、全員ポカーン。
すぐに父さんがじいちゃんを呼んできた。
じいちゃんは、音楽事務所をやっている。
曲を作り、新人を発掘し、世に売り出し、ヒットさせる。
今も解散せずに、活動こそしないけれど、レジェンド的存在のじいちゃんたち。
「えっ、あの…エージェント…の、響さんですか…?」
「あぁ」
「若っ‼︎理音のじいじ⁉︎えっ、親って言っても通じるんですけど…」
「じいじはやめてくれるか?」
「なら、響さん…?スゲー…本物やべぇカッコいい…」
じいちゃん、苦笑いです。
とにかく一曲やってみろと言われ、文化祭でやる曲をやった。
どうして父と祖父の前で、こんなに歌ってるんだろう…と、妙に頭が冷めてきたけどね。
でも、みんなめちゃくちゃ真剣だから。
「嵐生っ‼︎楽しいねっ‼︎」
そう言えば、フッと笑って肩の力を抜いた。
俺の今の楽しいこと。
雛森と、バンド、それとバイト。
こんなに充実した高校生活を送れるとは思ってなかった。
俺ね、今…すっごく幸せだよ。
プロデュースなんかを主にしているじいちゃんは、父さんよりも教え方がうまかった。
「音外したろ」
「は、はい…」
「お前、できるまで練習な」
「はいっ‼︎」
「ドラム、お前はいい。ベース、舐めてんのか」
じいちゃんは教え方もうまいけど、スパルタだった。
俺も俺で、じいちゃんに怒られる。
「もやしばっか食ってっからもやしみてぇな体になるんだ」
「俺、そんなにもやし食ってないし‼︎ほら、腹筋割れてるよ⁉︎」
「見た目だけな」
「じいじ、意地悪だ‼︎」
「ヒマだから、合宿でもしてやるか?」
こうして、じいちゃん主催の合宿が決定した。
まぁ、もっぱらうちでやるんだけど。
文化祭まで、うちで泊まり込みだそうです。
俺と嵐生はバイトがあり、帰って来てからの練習だってさ。
「お前らの家に案内しな」
そう言って、全員で一軒ずつ回ることになった。
じいちゃんの車で、まずはスバルの家。