手術室ではカルテが手術台の上に寝てる患者の上に置いてあり、もちろん驚かされ。
ナースステーションでは、お化けナースにカルテを渡すと、理音くんの手をガシッと掴まれて。
渡されたお花を、霊安室に持ってって。
その間、廊下で何かに追いかけられたり、大きな音にビックリさせられたり。
訳がわかんなくなるほど泣いて、叫んで。
やっとゴールにたどり着いた時は、生命力が底をつきそうになっていた。
「あははっ、怖かったね」
「笑えないからぁ…」
「大丈夫?飲み物飲んで落ち着いたら?」
「も、ない…」
「じゃあ…待ってて。買ってくる」
少し離れた場所で、涙を止めるために落ち着こうとしても、やっぱり涙が止まらない。
理音くんが自販機で買って来てくれた、あたしの好きなカフェオレ。
優しい…。
「あり、がとぉ…」
「よしよし」
撫でられた頭で、涙がピタッと止まった。
手だけじゃなく、頭まで撫でられたっ…。
やっぱり今日の理音くんは、あたしの心臓を破壊する気だ。
「楽しかったね」
「全然楽しくなかったよっ‼︎余裕の理音くんがすごい…」
「俺も怖かったよ?でも、雛森のこと、守るのに必死だったからかな?」
「そういうの…ズルイよ…」
「なんで…?」
「あたしが理音くんのこと、好きだって知っててやってるの?」
「えっ…」
これ以上好きになったら、フラれた時に立ち直れなくなる。
欲しい言葉ばっかりもらっても、肝心なことには触れない。
あたしばっかりこんな気持ちになって…理音くんは余裕があって。
卑怯だよ。
「一緒にいてドキドキするのも、理音くんのことばっかり考えてるのも。全部あたしばっかり…」
「俺は…別に…雛森のこと、考えてないわけじゃない」
「考えてないよ…」
「なんでそう言えるの?俺もドキドキしてるって思ったことない?手とか繋いで…ドキドキしないと思ってる?必死だったとか、わかんないでしょ」
「そ、そんなっ…ウソだっ‼︎」
「ウソつかないよ、俺」
理音くんがあたしにドキドキするなんて…信じられないよ。
だけど、理音くんの顔がほんのり赤い。
恥ずかしそうに、視線を逸らされた。
「言葉にしてくれなきゃ…伝わらないことだってあるんだよ…?」
「言葉に…すればいいの?」
「あっ、うん…」
「雛森のこと、誰にもあげたくない。俺が大事にしたい。一緒にいたいよ」
止まったはずの涙が、さっきよりも豪快に溢れ出した。
それ、好きってことじゃん…。
もぉ〜…。
どこまでも卑怯な人。
「なら…あたしを…理音くんの彼女にしてくれる…?」
「あっ、ごめんっ‼︎」
「へっ⁉︎」
「雛森からばっかり言わせてる…よね?」
「だって、あたしが先に好きになったんだもん…。当たり前でしょ?」
「ダメダメ。雛森、俺の彼女になって…?付き合うとか、よくわかんないんだけどさ…。こんな俺で良ければ…」
すっごく照れたように下を向く理音くん。
もう、バカ。
「よろしくお願いします‼︎」
初めて彼氏ができた。
フワッと笑顔を見せてくれたあたしの大好きな人は、とってもカッコよくて、とっても優しい人。
【理音】
彼女ができたよ。
背はそんなに高くなくて、ストレートの髪は背中の真ん中くらい。
さっき一緒にお昼を食べたら、パーマをかけようか迷ってるって言ってた。
目は比較的大きくて、化粧すると『今どきの女子高生』って感じがする。
恥ずかしがり屋で、俺と話す時に顔が赤くなって、俺を見上げる顔がすごく可愛い。
「でっけぇ家だなぁ…。どっからどこが…お前んち?」
「そっからあっち。じいちゃんちとか、繋がってるだけ」
「うわぁ…。超ボンボンじゃん…」
雛森との余韻に浸ってたら、ギターを背中に背負った嵐生に、現実に引き戻された。
お化け屋敷に行って、雛森と付き合うことになって。
恐怖で涙目だった嵐生と紗雪が『お祝いだー』と騒ぎ出し、お昼ご飯をファミレスで食べて解散した。
『連絡…するね?』と、可愛く照れていた雛森に、離れたくない衝動を味わされて。
『好き』なんだなって、今やっと実感している。
タカとスバルも一緒に我が家を眺めていて、今日は久しぶりのバンド練習。
万年金欠のメンバーに、防音の音楽部屋を提供するしかなくて。
まぁ、俺も一応メンバーだから仕方ない。
ギターを取りに行った嵐生が、タカとスバルを連れてきてくれたので、本格的に練習ができる…はず。
「おじゃましまぁす…」
「あっ、スリッパどうぞ」
「どうも」
なぜか全員緊張してるのが面白い。
くふふっ。
静かになっちゃったね、嵐生。
リビングに行けば、ソファーから頭が出ていた。
「ただいま、泉」
「お兄ちゃん‼︎おかえりっ‼︎どうだった⁉︎」
「後で話すよ」
「ずっと、ソワソワしてたんだからね‼︎」
泉がヒマそうにしていた。
今日、撮影ないって朝に言ってたっけ。
「い、イズミちゃん…?えっ⁉︎イズミちゃん⁉︎」
「お兄ちゃんがいつもお世話になってます。こんな天然なお兄ちゃんですが、今後とも仲良くしてくださいね?」
なんて、女優の笑顔でメンバーに挨拶すれば、みんなスッと背筋を伸ばした。
そうか、泉は芸能人か。
「理音っ‼︎なんでっ、イズミちゃんが『お兄ちゃん』って言ってんの⁉︎」
「妹…だから?」
「うっそ…お前…イズミちゃんと同じ家に住んでんのっ⁉︎」
「まぁ、妹なんで」
「俺、今日死んでもいいかも…。あのっ、ふぁ、ファンですっ‼︎握手してくださっ、ダメだっ‼︎俺の汚い手で触れていいものじゃないっ‼︎」
そんなことないと思うけど…。
嵐生以外のふたりは、何も言葉が出ないようで、ガッチガチに固まっていた。
「あら、いらっしゃい」
「おおおお、お姉さん⁉︎」
「お母さんですよー。理音と仲良くしてくれてありがとう」
「若いっ…ヤバイっ…理音、なんか俺…お化け屋敷よりパニックかも…」
うるさいので、そのまま音楽部屋に連れて来た。
みんな、魂抜けてるけど…。
「練習どころじゃないかも…」
「すげー…、イズミちゃん…天使…。やべぇ、すげー…」
「あんなに可愛い子って、世の中に存在してるんだな…。ごめん、この前のドラマの水着シーン、ネットで何回も見ちゃって…汚してごめん…」
妹なんで、あんまりそういうのは…。
しばらくしてから落ち着いたみんなが、やっと部屋を見回した。
「なんだよ、この部屋っ‼︎」
「やべぇ、ここで録音してんだろ?」
「み、見ろよ…お宝がたくさんじゃ…」
「お高いギターにお高いスピーカーじゃね」
「これはなんじゃろうな、タカじいさんよ」
「ワシにはわからんよ、スバルじいさん」
現実逃避し始め、一気に老けたらしい。
進まなそうなので、スバルをドラムの前に座らせ、タカにベースを持たせた。
その姿を見た嵐生が、慌ててギターを取り出して。
「文化祭出るんでしょ?なんの曲やるの?」
「そ、そうだった‼︎俺的に今熱いのは『バースト』かなって。ノれるし、有名だし。なにより、バーストできたら超かっけぇ‼︎」
「ヤダ」
「なんで?」
「それ、父さん」
「「…………はぁ⁉︎」」
「俺の、父さん。バーストのウタ」
「うっそ…。じゃあ…ここって…ウタの部屋…?」
「うん」
「「きゃぁぁぁぁぁ‼︎」」
お化け屋敷よりうるさいよ…。
またキョロキョロし始め、俺のギターを恐る恐る触る嵐生。
「ウタの温もり…」
「ごめん、それ俺の…」
「ちっ。恥かかせやがって」
「…………で、何するの?」
「第二候補はモックかなって」
「いいんじゃん?バーストより若者向けだし」
「曲、決めようか」
若者に人気のバンドにすることにした。
さすがに父さんの曲を歌うのは恥ずかしいもん。
曲を決めて、ネットで買ったスコアをダウンロードして、印刷して。
さぁ、はじめよう。
そう思った瞬間、重いドアから顔を出したイズミ。
「ママからの差し入れです」
そう言ってペットボトルを4本と、母さんが趣味で焼くパウンドケーキがトレイに乗ってやって来た。
もぉ‼︎
また気が散るじゃん‼︎
「イズミちゃん、可愛いねぇ…」
「そんなことないですよ?あっ、モックやるんですか?」
「うん」
「バンドマンって、カッコいいですよね‼︎あたし、楽器できないから…憧れちゃうなぁ」
「「頑張りますっ‼︎」」
どうやら、泉は年頃の少年のやる気に火をつけたようだった。
その後にみんな、狂ったようにマジメに練習していた。
泉効果、すごいなぁ…。
「理音、みんな、ご飯食べてってもらったら?」
「いいんスか⁉︎」
「実は張り切ってたくさん作っちゃった」
「お母さん…可愛いっスねぇ」
「えっ、そう?詩くんもよく言ってくれるの」
「…………」
「お名前、なんていうの?」
さらっとのろけた。
だけど、これはいつものことなので…。
みんな、それぞれ自己紹介をして、リビングにはパーティーかと思うくらいの料理の数々。
みんな、目を輝かせている。
「これ、食っていいんスか…?」
「うん‼︎たくさん食べてね‼︎」
「「いただきまぁす‼︎」」
母さんはものすごく嬉しそうだった。
俺が初めて友達を家に連れて来たからだろう。
こういうの、今までもやりたかったのかな…。
楽しそうにしてくれて、俺も嬉しいな。
「うめぇ〜…どうしよう、うますぎる」
「また来てね?たくさん料理したいから」
「また来ます‼︎」
みんな、すごい食うなぁ。