【理音】
昔から騒がしい場所で暮らしてきた。
大きな家には家族も多くて。
だからなのか、静かな場所が好きだったりする。
賑やかな我が家も悪くはないけれど、静かな場所で、自分のしたいことをするのが好きだ。
学校は家よりもうるさくて、休み時間には決まってヘッドホン。
放課後はいちばん静かな読書研究部でヘッドホンをしながら本を読む。
あっ、そろそろ桜が散りそう。
暖かいな、今年は。
そんなことを考えながら読書をする。
「お疲れ」
「お、お疲れ、天道くん」
いわゆる、オタクと呼ばれる男女が多いこの部活。
俺は入部当時からひとりで、ひたすら読書に励んでいる。
友達と呼べる人間は…いないかもしれない。
それでも、静かな空間でひたすら読書に励むことは、俺にとって幸せなんだ。
頭は良くて、難なく受かった近くの公立高校の読書研究部。
それが俺の居場所。
俺の家は賑やかだ。
「おかえり、理音(りと)」
「ただいま」
「今日、詩(うた)くんのバンドメンバー集まるんだって」
「そ。わかった」
これ、母親。
背が低く、天然の母は、見た目がとても若く、背の高い俺と出かけるとカップルに間違えられる。
ちなみに専業主婦。
そして詩とは、俺の父親で、そこそこ有名なバンドの歌担当。
そうか、集まるのか。
また騒がしくなるなぁ…。
「お兄ちゃん、CD貸して欲しいんだけど」
「いいよ、ちゃんと返してね?」
これは妹。
年子で一つ下の高校1年。
小さな頃から芸能活動をしていて、家にいないこともしばしば。
仲は悪くない。
「お兄ちゃんさぁ、髪切ったら?せっかく綺麗な顔なのにもったいない」
「静かに過ごしたい」
「どうしちゃったのかなー。うちの家系で目立つの嫌いなの、お兄ちゃんくらいだよね」
「そうかもね…」
目立ちたくない。
そんな理由で、髪を伸ばしている。
隣接する隣の建物には祖父と祖母、曽祖父、曾祖母が住んでいて。
祖父も有名な歌手で、曽祖父も元歌手。
有名なモデルや俳優が多く、要するに芸能一家というやつ。
どんなわけか、俺は昔から目立つことが好きではなくて。
根暗でぼっち。
それが俺の生き方だ。
「ご飯だよー」
母さんに呼ばれてリビングに行けば、父のバンドメンバーが酒盛り中。
騒がしいな…。
料理が得意な母さんがたくさん作った夕食。
「よぉ、理音。久しぶりー」
「久しぶり…」
「なんだ、その頭。モッサ」
「いいんだよ…」
「お前、詩に似て美形なのにもったいねぇな」
だからだよ。
騒がれたくないんだ。
昔みたいなのは、ヤダから…。
「歌わんの?」
「歌ってるよ…」
「世に出してねぇだろ」
「出してる。ネット配信してる。顔がバレないように」
「堂々としろよ、もったいねぇ」
そんなこと言われても、人前で歌うことなんか、目立つことが嫌いな俺にできるわけがない。
小さな頃から歌っていたので、歌うことは好き。
声変わりしてから始めたネットのチャンネルで、顔を隠して歌を配信している。
中にはアンチもいるけど、それなりにファンがいたりして。
結構評判はいい。
「いいんだよ、理音は。好きなように人生楽しんでるんだから。ね?」
理解のある父は、俺の自慢でもある。
尊敬もしているし、とてもいい父親だと思う。
「ねぇ、父さん」
肉じゃがを食べながら、父に自分から話しかける。
欲しいものがあるんだ。
「新しいマイク…欲しいんだけど…」
「俺のじゃダメ?」
「ダメじゃないんだけど…」
「そっか」
『わかった』
そう言ってくれると思っていた。
必要なものは買い与えてくれるし、そんなにワガママでもない。
自分から強請るものは、本や配信に必要な機材だけだし。
「自分で稼ぎなよ」
「えっ…?」
「理音ももう17だし、バイトもOKな学校だし。欲しいもの、自分で買ってみるといいね」
うそ…。
俺がバイト…?
絶対ヤダ。
接客とか、絶対したくない。
「ヤダ…」
「なら、我慢して今のマイク使ってね」
マジでムリ。
自分で稼ぐ?
意味がわからない。
「泉(いずみ)だって、自分で稼いで、自分の欲しいもの買ってるしね」
妹を引き合いに出されてしまったら、何も言えなくなる。
バイト、バイト、バイト…。
「紹介してあげようか」
「バイトを…?」
「知り合いが副業でレンタルスタジオ始めるらしくて、バイト募集するって言ってたし」
「マジで…やらなきゃダメ…?」
「理音はそのままでもいいけど、もう少し、社交性を身につけるべきだよ」
まさかの父さんの発言で、俺はマイクのためにバイトをする羽目になった。
静かな放課後、誰にも邪魔されない読書の時間…。
それがなくなるのかと思うと、引きこもってしまおうかとすら考えた。
だけど、さすがにそこまで両親に迷惑かけられないよね…。
面接は形式的なものでいい、顔合わせだと、父さんの知り合いから連絡が来て。
初めて書いた履歴書を持ち、出来たばかりのレンタルスタジオに向かった。
黒い建物は、入口のドアが赤くて。
キレイだな…。
「こんにちは…」
「あっ、詩の息子?」
「はい」
「背ぇ高ぇな‼︎」
この店のオーナーは、父さんの知り合い。
ライブハウスをいくつか経営しているらしく、売れない頃にお世話になった人なんだとか。
「俺は修平、呼び方はなんでもいいぞ」
「わかりました。あっ、履歴書です…」
「おぅ。で、とりあえず案内するわ」
受付のような場所にポンと置かれてしまった俺の個人情報。
本当に面接じゃないじゃないか…。
緊張して、喉がカラカラなのに。
修平さんについていくと、いくつものフロアを案内された。
ダンスレッスンができるような、大きな鏡のある空間だったり、バンド練習ができる個室にはドラムだったり、アンプやエフェクター。
他の階には会議ができるように、ホワイトボードやスクリーン、イスにテーブルがあった。
「で、ここがレコーディング用」
俺が見ても訳の分からない機会がある、レコーディング用の部屋。