それは、いつか見た光景、だった。俺が渾身の力を込めて、投げ込むボールは、ことごとく快音を残して、弾き返されて行く。


「塚原、カバーだ！」


呆然と打球の行方を見つめていた俺に誰かの声が飛ぶ。その声にハッと我に返った俺は慌てて、キャッチャーのバックアップに走る。


しかし外野の間を深々と破ったボールは、ホームに戻って来ることはなく、ベースを駆け抜けて行くランナーをキャッチャーの後ろから、ただ見ているしかなかった。


ベンチからコーチが出て来る。そして、その後ろから苦り切った顔の野崎監督が続いて、審判にピッチャーの交代を告げる。


うつむき加減に、ベンチに戻った俺は、憮然とした表情で、グラウンドを見て、俺の方には目もくれようとしない監督を横目で見ながら、逃げるようにベンチ裏に引っ込んでいた。


プロ野球選手として初めて迎えた2ヶ月間のオフは、文字通りあっと言う間に過ぎて行った。


はっきり言って、俺のプロ野球選手としてのルーキーイヤーはほぼ零点だった。なんの実績も残すことも出来ず、自分の前に立ちはだかる壁の厚さを実感させられた1年だった。


そうして迎えたオフ。のんびりしている暇はない、そんなことは分かり切っていた。それでも結果はともかく、1年間走り続けた身体も心も休息を欲していた。


とにかくまず2週間は野球を忘れて、リフレッシュしよう。そう決めたのは、前にも言った。


地元に帰って来た俺を、親も恋人も友人達も大歓迎してくれた。ちょうど師走の時期で、世間がそういう雰囲気になってることもあって、学生時代の多くの仲間達から誘いがあった。


そしてもちろん、愛しの彼女とのデート。とにかく俺が1月に仙台へ旅立ったあと、俺達は2月の沖縄キャンプ、GW、お盆休みに由夏が会いに来てくれた、たった3回しか会えなかったんだ。


そりゃ、その反動は来るだろ。その上、この時期はクリスマス、恋人の季節という奴だ。浮かれるなと言う方が無理ってもんだ。


かくして、俺のリフレッシュは2週間を越え、ジリジリと延びてしまって行った。