そんなことは先刻ご承知の先輩が、からかってきたのだが、正直これにはムカッと来た。俺は何も答えずに、腰を下ろしたけど、内心


(ふざけんなよ、一発おどかしてやるか。)


と思い定めて、サインを出した。佐藤さんが俺のことを知ってるように、俺だって佐藤さんのことはよく知ってる。それまで俺は佐藤さんがあまり得意でない変化球攻めにしようと思ってんだけど、一転内角にストレ-トを投げ込んで、ちょっと脅かしてやろうと考え直したんだ。


ピッチャ-の投じたボ-ルはほぼ、俺がイメ-ジ通りだった。ストレ-トに強い佐藤さんとは言え、このスピ-ドとコ-スなら、捉えることは難しい・・・はずだった。だが、待ってましたとばかりに振り出されたそのバットから凄まじいばかりの打球音がしたと思った次の瞬間、打球はあっという間にレフトスタンドに突き刺さっていた。お見事と言うしかない3ランホ-ムランだった。


言葉もなく、ベ-スを一周する先輩を見守っていた俺に、ホ-ムインと同時に佐藤さんが言った。


「悪く思うなよ。」


「えっ?」


「俺もいつ迄も、こんなとこに居るわけにいかねぇんでな。」


そう言って、またニヤリと笑って見せると、先輩はベンチに帰って行く。その後、悪戦苦闘しながらも、なんとか追加点は許さずに戻った俺を待っていたのは


「アホ!ストレ-トにめっぽう強い佐藤に、初球から内角にストレ-トなんて、お前なにを考えてんだ?」


という小谷コ-チの罵声だった。その声を聞いた瞬間、俺は、あのバッタ-ボックスに入る前の佐藤さんの言葉は、苦手の変化球攻めをされない為に、俺をわざと挑発する為の言葉だったのだと悟った。いかにストレ-トに強いとは言え、あの難しいボ-ルをあそこまで完璧に捉えられたというのは、挑発に乗った俺が、必ずあのボ-ルをピッチャ-に投げさせると待ち構えていたからに違いない。


(やられた・・・。)


守備位置についた佐藤さんの姿を、俺は茫然と眺めていた。