ショップでの販売員の経験は、デザイナーになる為に必要な経験や知識を得ることに繋がるとは、就活中にもよく聞いた。


実際、就活の時に会った大学のOB、OGの中に、デザイナー候補としての採用ではなかったにも関わらず、ショップでのキャリアを活かして、デザイナーに転身した人が何人もいた。


そんな中、首を捻ってたのが平賀さんだった。


「俺自身も確かにショップに2年くらいいたし、そのキャリアが全く役に立たなかったとは言わないけど、それが無くてもあまり困らなかったと思うなぁ。デザイナーを最初から目指すのなら、時間の無駄だったような気がするよ。」


平賀さんのその言葉が、私をこの会社に入りたいと思わせた理由の1つだった。


実は、大きな声では言えないけど、私はこの会社に長居するつもりはない。


それは、そう遠くない将来に、私は聡志の所に行かなきゃならないと思っているから。


正式に婚約してるわけじゃないけど、私と聡志は将来を誓い合ってる。双方の親もそのつもりでいる。


プロ野球選手の妻になると言うことは、だいたい専業主婦になって、旦那さんを内助の功で支えることになるのが一般的。


就活の時点では、聡志がどこの球団に入るのか、そもそもプロ野球選手になれるのかすら不確定だったけど、現実にそうなったように、首都圏以外のチームに入団することは十分に想定出来た。


そうなれば、私もいずれ聡志を追って、その土地に行かなきゃならなくなる。そうなったら、当然会社は辞めなくちゃならない。下手をすれば、ショップにいるうちに会社を辞める羽目になりかねなくなる。


だから私は少しでも早くデザイナーとしての修行に入りたかった。もちろん一本立ちなんか、2年や3年で出来るわけがないが、デザイナーとしてのイロハを習得しておけば、向こうへ行って、仕事も見つけられる可能性もあるし、在宅での仕事を請け負うなんて、道も開ける。


それに、これは聡志には申し訳ない想定だけど、彼が残念ながらプロ野球選手として、成功出来なくても、代わって私が家計を支えることも出来るようになる。


そういう意味で、デザイナーになる為の回り道をしないで済むこの会社のシステムは、私には魅力的だった。


平賀さんに、思ったより教えを乞う機会がないのは、誤算だったんだけど。