「鰆、美味しかったね。」


そう言って、微笑んだ由夏はいつもと同じ、俺の大好きな由夏だった。


「お前もいただいたのか。」


「うん、聡志が来る前にね。今日、お店本当はお休みだもん。」


「えっ?」


「そう、また私達の為に、お休みなのに、お店開けてくれたの。その上、こうやって2人きりにして下さって。なんで、私達の為にここまでして下さるんだろう。申し訳ないけど・・・本当にありがたいね。」


「そうだな。」


そう言って、見つめ合う俺達。今、目の前に、手を伸ばせば、触れられる所に由夏がいる。その現実が信じられない。


「いつ来たんだ?こっちに。」


「今朝の午前中に。聡志が神奈川に帰って来そうだから、先手打ってね。」


と笑う由夏。


「みんなで示し合わせてたのか?」


「そうみたい。私は、みなさんの指示に従って動いてただけ。」


「そっか・・・。」


そこで会話が途切れる。少し経って、ふいに立ち上がった由夏が


「いつも夜しか来てなかったから、全然気が付かなかったけど、この窓から見える裏庭には、こんなにいろんな植物が植わってたんだね。」


と窓に近付く。


「奥さんが花好きだから、いろいろ育ててるらしい。今はもう冬だから、だいたい枯れちまってるけど、春なんかは目に眩しいくらいだぜ。」


追いかけるように立ち上がると、俺も由夏の横に立つ。


「そうなんだ、見てみたいな。」


そう呟いた由夏の横顔を、俺は見る。


「聡志。」


すると、由夏も俺を見て言った。


「凄かったね。」


「えっ?」


「カッコ良かったよ、聡志の投げてる姿。テレビでいつも見てた。よかったなぁって思ってた。やっと聡志の夢が叶ったんだって思ったら、本当に自分のことのように、嬉しかった。でもね。」


ここで由夏は、一瞬俯いたけど、すぐにまた俺をまっすぐに見た。


「やっぱり寂しかった。なんでテレビで見てるだけなんだろう?なんで、おめでとうってLINE出来ないんだろう?なんで聡志から『またやったぜ』って電話掛かって来ないんだろう?なんで、新しい職場の人に、あのピッチャー、私の『幼なじみ』なんですって言わなきゃならないんだろうって。」


「由夏・・・。」


その言葉に、俺は何も言えなくなる。