こうして、陽菜さんや平賀さんに別れを告げた私が、新たに見つけた仕事がアパレルショップの販売員だった。


私のような中途半端な経歴の持ち主が、すぐに別の企業にデザイナーとして、採用される可能性はあまり考えられなかった。


そこで、自分を磨くため、勉強の為に選んだのが、この仕事だった。


かつて、一人前のデザイナーになる為には、回り道だと敬遠した道に結局辿り着いたのは、皮肉と言えば、皮肉だった。


でも、いざ、始めてみると、接客の楽しさに、まず引き込まれ、商品を改めて、客観的に眺めてみて、あっ私なら、ここはこんな感じにしたいとか、そんなことを考えるようになって行った。


こうして、予想以上に充実した日々を送っている私。


でも、さっきみたいに、仲睦まじいカップルの様子を目にすると、ふと寂しさが胸をよぎる。


あいつは「女の買い物になんて、付き合ってられっかよ。」とか言って、あの彼氏のように、一緒にショップに行ってくれるなんて、絶対にしてくれなかった。


でもそのくせ、誕生日や記念日になると、どこの誰と選んで来たのって言いたくなるくらい素敵なプレゼントを私に贈ってくれた。


不器用で、照れ屋で、私には結構ぶっきらぼうで、でも本当はとっても優しくて・・・そんなあいつが大好きだった。なのに・・・。


バカだな、またしょうもないこと考えてる。もう前を向いて、新しい自分を見つけるって決めたんじゃない。


さ、お昼終わらせて、早く戻らなきゃ。私が、食べるペースを上げた時だ。携帯が震える音が耳に入る。店からの呼び出しかと、慌ててディスプレイを見ると、加奈からだ。


「もしもし、どうしたの?こんな時間に。」


『由夏、今大丈夫?』


「昼休憩中だから。で、なにかあったの?」


『私、見たんだよ。』


「何を?」


『あの人を。』


「だから、誰?」


『長谷川さんだよ。』


「えっ?」


その名前を聞いて、私の胸に痛みが走る。


「どこで?」


思わず聞いてしまうと


『うちの役所の近くにある、あの人の銀行の支店にいたんだよ。』


その加奈の返事に、私は言葉を失う。


『同僚がさ、住宅ローンの相談に、その銀行に行ったんだよ。その後、その担当者の名刺がその人のデスクに置いてあったから、何気なく見たら、「長谷川菜摘」って、名前が目に入って、ビックリしちゃってさ・・・。』


興奮気味の加奈の声が、耳に響いて来る。