あのことがあってから、約ひと月後の6月末日付けで、私は(株)JFCを退職した。


もちろん、残る道はあった。平賀さんも陽菜さんも美優もノムもみんな、引き止めてくれた。


もともと、私がJFCを辞める決心をしたのは、仙台に行って、聡志と新しい生活を始める為だった。でもその道が絶たれた以上、辞める必要なんかない。これからも一緒に頑張って行こう。みんなそう言ってくれた。


特に平賀さんからは、公私ともに自分のパートナーになって欲しいとまで、言っていただいた。嬉しかったし、全く心が揺れなかったと言えば、間違いなく嘘だ。


でも結局、私は平賀さんの「私」のパートナーになる道を選ぶことは出来なかった。平賀さんが嫌だったわけじゃない。むしろ、異性として、好意も魅力も感じていた。


だけど・・・未練がましいと我ながら思うけど、私の中で聡志の存在はあまりにも大きく、そして生々しすぎた。それを忘れるためにも平賀さんの胸に飛び込もうか、とも考えたけど、少なくとも今の私には無理だった。


「由夏はそんな器用な子じゃないもんね。」


相談を持ち掛けたら、悠も加奈も、異口同音にそう言った。


私は平賀さんにごめんなさいと頭を下げた。ショックを隠せなかった平賀さんだけど


「俺のことは仕方がない。だけど会社のことは別に考えてくれ。お前は絶対にデザイナーを辞めちゃダメだ。」


そう言ってくれたけど、それは現実的には、やっぱり居辛いものがある。


そこまでは、と考えていた展示会も無事終わった翌日、私は正式に退職届を提出した。平賀さんはもう、それを黙って受け取ってくれた。


残務整理と引き継ぎに、勤しんでいると、嬉しいニュースが飛び込んで来た。Yの新制服に私のデザインが採用されたんだ。


まさかとは思ったけど、本当に嬉しかった。これで、会社と平賀さんに、せめてもの恩返しが出来た。私は肩の荷が降りた気がした。


最終日の勤務が終わった後、私は陽菜さんに誘われた。1年ちょっと前、私が陽菜さんと最後と思って会食したイタリアンレストラン。まさかの立場が逆転しての再現だった。


「ごめんね。」


「えっ?」


「本当は私の為なんでしょ?会社辞めるの。」


「陽菜さん・・・。」


「由夏にはバレてたんだね、私の気持ち・・・。」


その陽菜さんの言葉に返事が出来ない。


「自分でもびっくりしてる。あの人に、こんな思いを抱いてたなんてさ。」


そう言うと、陽菜さんはなぜか、ばつ悪そうに笑った。