「そうこうしているうちに、そいつがドラフトに掛かる年になって、注目してると、なんと3位という上位指名で、うちのチ-ムに入って来たわけさ。縁ってもんは、やっぱりあるんだなぁとつくづく思ったよ。」


小谷さんは、そんな前から俺のことを知ってくれてたんだ・・・。


「それで面倒見ることになったわけだが、まぁバカで手のかかる奴でな。でも出来の悪い子ほど可愛いの言葉通り、とにかくなんとかしなきゃ、コイツを何とかできなきゃ、俺はコ-チ失格だと思って、懸命にケツを引っぱたいて来た。そして石の上にも三年、どうやら来年はやれそうだなと思っていたら、こっちが一軍に呼ばれちまった。」


「・・・。」


「一軍なんて性に合わんし、監督も性に合わんし、ご免被ろうと思ったんだが、来年は奴も一軍だろうと思い直して、引き受けた。乗り掛かった舟だ、完全に一本立ちするまで、見届けよう。そう思って、あと1年、やることにしたのよ。」


そう言うと、小谷さんは、暖かな笑顔を浮かべる。


「聡志、今年はようやった。お前はもう一人前だ。去年、俺が一軍に行く時も言ったが、もう俺がお前に教えてやれることは何もない。俺は安心して、仙台を去ることが出来る。」


「小谷さん・・・。」


「だがな、勘違いするんじゃないぞ。確かに俺が教えてやれることはもうないが、お前がこれからやるべきこと、覚えるべきこと、考えるべきことは、本当に山のようにある。それをこれからは、自分の力でやっていかにゃならん。一軍の選手というのはな、そうやって自分を高めて行くんだ。俺達コ-チが、やいのやいのとケツを叩かなきゃいかん二軍選手は、所詮子供。お前はこれで、やっと一人前の野球選手になったんだ。本当の勝負はこれからだ。」


「はい。」


「これからは一ファンとして、お前の活躍を見守らせてもらう。来年こそ2桁勝って、野崎のオッサンを胴上げしてやれ。」


そう言って、俺の肩をポンと1つ叩いて、小谷さんは立ち上がった。


「小谷さん、長い間、お世話になりました。本当にありがとうございました。」


そう言って深々と頭を下げた俺に


「俺もな、お前のおかげでいい夢を見させてもらった。ありがとうな。」


と小谷さんはつぶやくように言う。


「来年からはまた、前の球団でスカウトをやらせてもらうことになってる。松本省吾のような逸材は、こちらが探すまでもなく、誰の目にも燦然と輝いて見える。だが、塚原聡志のような、磨けば光る隠れた原石を見つけるのは、大変だがスカウトの醍醐味だ。これからは、また次の夢を見る為に、旅から旅の生活だ。しんどくもあり、楽しみでもあり。じゃぁな。」


そう言うと、小谷さんはロッカ-ル-ムを出て行った。


(小谷さん・・・。)


それは数か月前に味わったのと同じくらいの喪失感だった。だが、それは俺がまた一歩、野球人として、人間として成長するために必要な別れなのだ。今年はそういう年なんだ、きっと・・・。


滲んで来た涙を、拳で拭うと、俺はグラウンドに戻った。