「ちょっと待ってよ。聡志、本気なの?本気で、そんなこと言ってるの?」


とうとう、そう叫んだ。だけど、聡志は私に背を向けたまま


「取り敢えず、来たならちょうどいいや。部屋の鍵、返してくれるか。」


そのダメ押しのような言葉が、私に突き刺さる。


「長谷川、あいつから鍵、受け取ってくれ。」


「塚原くん・・・。」


その言葉に、長谷川さんは、驚いたように聡志を見るけど、反応を見せない聡志に、俯き加減に私に近づくと


「鍵をいただきます。」


と小さな声で言った。一瞬、躊躇ったけど、私はバッグから鍵を取り出すと、長谷川さんに渡す。渡すしかなかった。


それを受け取った長谷川さんは、私に頭を下げると、聡志の横に戻る。


「行こう。」


そんな長谷川さんの手をまた取ると、聡志は歩き出そうとしたけど


「今朝さ。」


と話し出した。


「テレビ出演とか取材とかで、帰ったの明け方の4時くらいだったんだよ。」


「・・・。」


「満員に膨れ上がったスタジアムの観客、チームメイト、記者やテレビスタッフ、それに数え切れないほどの留守電やLINE。本当に大勢の人が、祝福してくれた。だけど、ここに帰って来たら、自分で鍵開けて、真っ暗な部屋に入って、当たり前だけど、誰も出迎えてくれなくて・・・なんか無茶苦茶寂しくて、虚しくて、な。男って、弱ぇ生き物だな。」


そう言い残すと、そのまま、聡志は長谷川さんを連れて、エントランスに入って行ってしまった。


(聡志・・・。)


とうとう私に何も言わせてくれなかった。悔しくて、悲しくて、でも取り付く島もなくて・・・私は溢れ出して来た涙を止める術もなく、2人が消えた方向を見つめていた。