「3時半か。悪かったな。タクシーを手配しよう。明日は有休で構わんから、ゆっくり休んでくれ。」


腕時計に目をやったあと、平賀さんは言ってくれるけど


「ありがとうございます。でもあと1時間もすれば、始発が動き出しますから。それに、ちょっとお話があります。」


と答えた私は、平賀さんの前に立った。


「いろいろお世話になりました。」


「岩武・・・。」


「突然で申し訳ありませんが・・・来月の展示会が終わりましたら、JFCを退職させていただきたいと思います。」


そう言って、深々と頭を下げる私。


「頭を上げてくれ。」


平賀さんの声が聞こえる。


「やっぱりそうだったか。」


「えっ?」


「そんな気がしてたよ。Yの仕事を受けて以降のお前を見てたら。ああ、これで最後と覚悟を決めたなって。」


「平賀さん・・・。」


「仙台に、彼氏の所に行くのか?」


「はい。」


「行くなと言ったらどうする?」


「えっ?」


「絶対に行かせないと言ったら・・・どうする?」


「平賀さん・・・。」


突然の言葉に驚き、戸惑う私。


「好きなんだ。」


その言葉を聞いて、思わず息を飲む。


「お前のことがずっと好きだった。あの就活のセミナーで初めて出会った、あの時から。真っ直ぐで、純粋で、何事にもひたむきに取り組む岩武に、心奪われた。」


「平賀、さん・・・。」


あまりにも意外な告白に、私はただただ呆然とする。


「だがお前には、既に将来を誓い合ってる彼氏がいた。10歳以上、歳の離れたオッサンの出る幕じゃない。そう必死になって、自分の気持ちを抑えつけてきた。」


「・・・。」


「丸山の件で、お前に反抗的な態度を取られていた時は、平静を装っていたが辛かった。会社が危機に陥って、ヘトヘトになった時は、お前の姿を見て、懸命に自分を鼓舞して来た。そしてとうとうあの日、自分の気持ちが抑えきれなくなって、お前を抱きしめてしまったんだ。」


平賀さんの顔が見られず、私は俯いてしまう。


「あのことで、お前が思わぬ動揺を見せた時は、正直、千載一遇のチャンスが訪れたと思った。このまま一気に押し切れば・・・何度もそう思った。だが、いい歳して、情けないが勇気がなかった。そうこうしているうちに、お前は会社を休んで、彼氏のもとに走った。そして、戻って来た時には、もうお前は自分を取り戻していた。俺は自分の不甲斐なさを呪ったよ。」


「・・・。」


やっぱり、全部平賀さんには、バレてたんだね・・・。