「女は一人でも生きていけるが、男は所詮、女の支えがなければ生きていけない弱い生き物。神様は、それを憐れんで、男に腕力を与えたのだ。」


誰が言ったか知らないが、腕力うんぬんはともかく、その言葉をあの時は実感した。


開幕一軍が、夢と消えた日。小谷さんの言葉を懸命に自分に言い聞かせた。崩れ落ちそうになる自分を、必死になって食い止め、前を向こうとした。だけど・・・。


誰かに支えて欲しかった、励まして欲しかった、抱きしめて欲しかった。いや、本当は「誰かに」じゃない。「由夏に」だ。


しかし、その恋人の姿は、俺の周りの、どこにもなかった。ただ、虚しく、寂しかった。


結局、俺は由夏に開幕一軍を逃したことを自分では伝えられなかった。


一軍に残れなかった不満と憤り、そしてこんな時に、あいつが側にいてくれないことへの不満と寂しさ・・・そんな感情がごちゃまぜになって、それを全部あいつにぶつけてしまうことが、怖かったから・・・。


そんな時に、俺の目に長谷川の姿が映った。どんなに拒んでも、時に手酷く追い払っても、彼女は俺の所にやって来る。


「もういい加減にしてくれ。俺はそこまで君に追いかけられる価値のある男じゃねぇよ。」


「そんなことは私が決めること。塚原くんにとやかく言われたくない。私は諦めない、決めたんだから。どうしても私を追い払いたかったら、早く岩武さんを連れて来なさいよ。そんなに想い想われてるなら、簡単なはずでしょ!」


ちょっと前に、こんな会話を交わした。長谷川の言葉に何も言えなかった。


そしてあの日、自分で自分を止める間もなく、彼女を車に迎え入れていた。


あの時の俺は、ハッキリ言って、誰でもよかったのかもしれない。ただ、女のぬくもりが欲しかった。


そして、自分の腕の中に閉じ込めた女は、世間的には間違いなく「いい女」であり、俺がその気にさえなれば、完全に自由に出来るはずの女だった。


だが、さんざん抱きしめた挙げ句、俺は彼女を解放した。驚いて、俺を見上げる長谷川に


「すまん。送って行くよ。」


と告げると、呆然とする彼女を尻目に歩き出した。俺の理性が強かったのか、単なるヘタレだったのか。どちらにしても、俺は由夏に誓った約束を破り、長谷川のプライドをまたズタズタにしたことだけは確かだった。


そして俺は、今、野球に一途に取り組んでいる。脇目も振らず、ただ真っ直ぐに。そうしてないと、とんでもないことになるとわかっているから。


「俺のことは心配するな。お前は今、お前のやるべきことを全力でやってくれ。」


由夏にもそう言っている。だって、今はそれしかねぇじゃんか・・・。