「正直、もう帰りたい。聡志の出てる試合、小学生の頃からだから、本当に何試合見たかわからない。活躍した時も、ダメだった時もあるけど、結果を見るのが怖い、逃げ出したいって思ったのは初めてだよ。」


そんな優しい加奈の表情に、ついつられて、こんなことを口にしてしまう。


「そっか、由夏でも、そんな気持ちになることがあるんだね。」


そう答えた加奈は


「でも、その気持ちわかるよ。実は私も結構緊張してる。」


「加奈・・・。」


「でも大丈夫だよ。努力はウソをつかない。塚原くんを信じようよ。」


と真っすぐ私を見て言う。


「うん。」


その加奈の言葉は、私に勇気をくれた。


そしてついに・・・。


「E、選手の交代をお知らせします。ピッチャ-川上に代わりまして、塚原。」


場内のコ-ルが響く。そして三塁側スタンドからの拍手に送られて、ベンチから聡志がゆっくりとマウンドに向かう。私の心臓の鼓動はMAXに。


「いよいよ、だね。」


「うん・・・。」


(聡志、しっかり・・・とにかく悔いのないピッチングを。)


私は心の中で、そう呼びかけていた。


そんな恋人の姿を、俺はしっかりと捉えていた。細かい表情までは、分からなかったが、桜井の横で、俺の為に祈り、応援してくれている姿を。


(いよいよ、ここまで来た・・・。)


オ-プン戦、ずっと無失点で来た俺は、前回の登板で、ついに失点を喫していた。そして迎えた今日の登板。今までずっと先発して来た俺が、今日は2番手。それだけ、俺の一軍に向けての序列は後退したということ。


今日、もし結果を残せなければ、開幕一軍は厳しくなるはずだ。絶対に、まして由夏の前で、無様なピッチングなど出来ない。


「いいボ-ルが来てるぞ、ツカ。この調子なら大丈夫だ。力まず、落ち着いて行け。」


投球練習が終わり、最後の打ち合わせの為に、マウンドまで来た醍醐さんは、そう言って、俺を励ましてくれた。


「はい。」


俺が頷くと


「よし。思い切って来いよ。」


と言い残して、キャッチャ-ボックスに戻って行った。


(さぁ、勝負だ。由夏、行くぞ!)


俺は醍醐さんのサインに頷くと、ゆっくりと振りかぶった。