そこにいるのは、俺の知らない長谷川だった。おとなしくて、真面目で、クラスの中でもあまり目立なかった、でも話してみると、しっかりとした自分を持ってる、それが長谷川という子だった。


そんな彼女に心惹かれたことがあったのは事実。だけど、8年の月日が彼女を変えてしまったことに、俺は今更ながら気付いた。


「意気地なし。」


追い打ちをかけるように長谷川は言う。


「そんなに岩武さんが怖い?男だったら、女がいいって言ってるんだから、いただいちゃったら?」


「ふざけるな!」


俺は遂に我慢出来なくなった。


「今のお前に、由夏を裏切る価値なんかねぇよ。自惚れるな!」


暗闇の中でにらみ合う俺達。やがて、長谷川の表情がフッと緩んだ。


「やっぱり、こういうのは、塚原くんのお好みじゃなかったか・・・。」


「えっ?」


「あ〜ぁ、はしたないこと言っちゃったなぁ。めちゃくちゃ後悔。」


そう言って苦笑いする長谷川に、俺はキョトン。


「でも、ありがとう。」


「?」


「こっちが挑発したんだから、塚原くんがその気になっちゃったら、身を委ねるつもりだったけど、本当にこんなところで抱かれたら、余計惨めになるだけだった。」


「長谷川・・・。」


「ごめんなさい。恥ずかしい芝居、しちゃいました。忘れて下さい。」


そう言って、俺に頭を下げた長谷川は


「明日は午前中は島内観光で、午後一の飛行機で仙台に帰ります。明日有休取っちゃったから、明後日からまた仕事頑張らないと。」


と俺の知ってる彼女にあっさり戻った。訳がわからなくなって、戸惑っていると


「そして、仙台でお帰りをお待ちしてます。」


という彼女の言葉に、また驚かされる。


「塚原くんは仙台に帰って来るしかない。そして、そこで待ってるのは、岩武さんじゃない。私だから。」


「長谷川・・・。」


「なんでこんなことに今まで気が付かなかったのかな?私。ライバルは神奈川にいて動けない。このアドバンテージを逃す手はないよね?」


「ちょっと待ってくれ。俺は・・・。」


と言いかける俺を遮り


「私、決めたから。このチャンス、絶対に逃さない。だから・・・覚悟して帰って来てね。」


と言い切ると、長谷川は俺に背を向けるから


「ちょっと待て。こんな暗い中、1人で帰るなんて危ねぇよ。」


と慌てて言う。するとクルリと振り返った長谷川が


「じゃ、送ってくれるの?」


と聞いてくる。


「仕方ねぇだろ。」


と答えた俺に、1つため息をついた長谷川。


「わかってないな。」


「えっ?」


「その中途半端な優しさと、いつまでも煮えきらないあなた達2人のお陰で、私の恋心は、いつまで経っても決着がつかないんだけど。」


そう言って、また深いため息を残すと、長谷川は今度こそ歩き去って行った。