その人は、俺からの呼び出しを予期していたのだろう。あっさりと俺に付いて、宿舎の庭に出た。明日から2月という時期だが、沖縄の夜は、暖かい。


「いきなりミーティングで名指しとは、随分期待されてるんだな。」


そんなことを言って来たその人に


「ありがとうございます。でも俺が野球の話をする為に、先輩をここに誘ったわけじゃないことは、わかってますよね。」


「ああ。」


厳しい口調の俺の言葉に、菅沼さんは頷いた。


「約束してくれましたよね。長谷川にちゃんと向き合うって。」


「したな。」


「じゃ、なんで、二股なんかかけたんですか?あなたのちゃんと向き合うっていうのは、そういうことなんですか?」


詰問口調になるのを、どうしても抑え切れない俺。それに対して、菅沼さんの口調は冷静だった。


「あの時、俺はお前にこう言った。『今まで、付き合った女全員と、誠実に向き合って来たなんて、言うつもりはないが、そうすべき女かどうか、見極めることはちゃんと出来るつもりだ。』って。」


「はい。」


「彼女は、菜摘はそれに相応しい女だと思った。真面目で誠実で、可愛くて・・・ああ、こんな子が本当にいるんだなって、思った。スタンドにいたあの子に、一目惚れした俺は正しかったと確信したよ。」


「・・・。」


「付き合いは順調だったと思う。正直、付き合い始めたのが、まだシーズン中だったし、大した所に連れてってやれたわけじゃないけど、どこに一緒に行っても喜んでくれたし、何を食べに行っても美味しいと言ってくれた。嬉しかったなぁ。」


「じゃ、なんで?」


苛立つ俺に対して


「でも、シーズンが終わり、会える時間も増えて来て、もう一歩、踏み込んだ付き合いをしたいと俺が思い始めると、彼女の態度も微妙に変化し始めた。」


菅沼さんは、落ち着いて話し続ける。


「彼女は明らかに、交際の進展を避けようとしていた。俺に対して、一線を引こうとするようになった。露骨にじゃないが、彼女からは、そういうオーラをはっきり感じるようになった。どういうつもりなんだと尋ねると、ゆっくりとしたペースで付き合いがしたいと言う。俺が少しがっつき過ぎたのかと、反省して、その言葉に応えようとしたが、彼女からは、少しずつでも俺との距離を縮めて行こうと気持ちが結局、ほとんど伝わって来なかった。」



「菅沼さん・・・。」


「正直、しんどくなって、これは俺の悪いクセだが、つい他の女に、ちょっかいをだしてしまったのを、菜摘に気付かれて、そこで終わった。」


そう言うと、菅沼さんはため息をついた。


「お前との約束を破り、菜摘に辛い思いをさせたのは、申し訳ないと思ってる。だけど正直に言わせてもらえば・・・」


ここで一瞬、躊躇ったように言葉を切った菅沼さんは


「彼女の方にも、俺とキチンと向き合ってくれる気が本当にあったのかな、と今は、思ってしまっているよ。」


と言い切って、俺を真っ直ぐに見る。だけど、こちらからは言葉を返すことは、出来なかった。