仙台の冬は、相変わらずの厳しさだが、俺の自主トレは順調だった。


このオフは、三勤一休のペースを崩さずにやって来た。由夏が来ていた年末年始の4日間だって、メニューは多少軽めにしたが、ペースそのものは乱さなかった。


今年がラストチャンス。そう胸に刻んでトレーニングに励む日々。とにかく、後悔だけはしたくなかった。


「ナイスボール。」


この日、ブルペンに入った俺の球を、一軍の正捕手である醍醐さんが受けてくれた。醍醐さんクラスの選手は、この時期は、もっと温暖な所で、トレーニングに励んでるのが普通なのだが、所用があって、今日は仙台に戻って来て、グラウンドに顔を出したらしい。


「お前、この時期に凄い球、投げてんな。開幕日、間違えてるんじゃないのか?」


そう言って、笑いながら、俺にボールを返す醍醐さん。


「俺らは、とにかくスタートから目立ってなんぼですから。」


一方の俺は表情を崩さずに、ボールを受け取る。


「その気持ちは、わからんでもないが、オーバーペースでケガしたら、元も子もないぞ。」


「わかってます。一応自分のペースはわかってるつもりですから。」


まだ何の実績もないが、俺だって、伊達に3年、プロで過ごしていたわけじゃない。


「そう言えば、塚原には礼を言わんとな。」


「なんですか?急に。」


「キャッチャー辞めてくれてさ。お陰で俺も、もうしばらく飯が食えそうだ。」


「醍醐さん・・・。」


冗談めかした醍醐さんの言葉に、俺は返事に困るけど


「それにしても、思い切ったな。」


と醍醐さんは、笑顔を収めて言った。


「お前は甲子園で2度全国制覇を経験し、大学時代も主戦として鳴らしたキャッチャーだ。そして、去年は完全に二軍のレギュラーだった。まだまだこっちは負けるつもりはなかったが、それでも今年は必ず一軍に食い込んで来ると思ってたから、正直意外だった。」


「ありがとうございます。でもキャッチャーとしては、醍醐さんを追い抜くのに、後30年くらいは、掛かりそうなんで。」


「塚原・・・。」


そう混ぜっ返した俺に、醍醐さんは苦笑い。


「それに、キャッチャーは正直言って、野球を続ける為に、やむを得ず、やり始めただけなんで。俺は、やっぱりピッチャーで勝負したかったんです。」


「そうか。2年前、俺がケガをして二軍にいた時期に何度か、お前のピッチングを見たが、実はもったいないなと思ってたんだ。ピッチャーに専念すれば、一軍でも十分に通用するのにって。」


「本当ですか?」


「小谷さんにも、新田さんにもそう言ったことがある。小谷さんは『お前もそう思うだろ?』って、嬉しそうだったけど、新田さんは苦い顔して、返事もしてくれなかった。」


そう言って笑った醍醐さんは、また表情を引き締めると


「知っての通り、今のウチのチームの課題は、佐々木、川上に続く先発ピッチャーだ。そこがクリアになれば、監督の言う通り、優勝も十分狙える。」


と俺の目を、真っ直ぐに見て言う。


「お前がその有力候補であることは、間違いない。わかってるな?」


「はい。」


俺は力強く頷く。


「しっかりやれよ。仙台スタジアムで、お前の球を受けるのを楽しみにしてるぞ。」


「はい。」


一軍のレギュラーキャッチャーに、励まされたのは、嬉しかったし、自信になった。