翌日、俺はいつも通り、練習に勤しんでいたけど、内心の不安を抑えるのに必死だった。もちろん、由夏のことが心配だったからだ。


昨日の由夏は、俺の知らない由夏だった。もちろん由夏だって、わがままを言うこともある。だけど、あんな駄々っ子のようなことを言って、俺を困らせる由夏はあまり記憶にない。


彼女に何かあったのは、間違いない。だけど、それが何なのか、昨日の会話では、全くわからない。とにかく、今日の夜、もう1度、キチンと話さないと。


焦る気持ちを抑えるのに苦労しながら、とにかくこの日の練習メニューを終えると、グラウンドを離れた。


どこかで夕飯をと思ったが、なんとなくその気になれず、そのままマンションに戻る。エントランスからエレベーターに乗り、自分の部屋の前に立ち、鍵を開けて、中に入った途端


(誰か、いる・・・。)


と思った瞬間、パタパタと足音が近づいて来たかと思うと、人影がバッと俺に飛びついて来る。


「ゆ、由夏?」


親も訪ねて来たことのないマンション。ここに俺以外に入れる人間は、一人しかいない、はず。でも今日は、普通の平日、だぜ・・・。


「聡志、お帰り!」


でも、その声、そのぬくもり、その香り・・・やっぱり間違いない。


「由夏、来てたのか?」


と言いながら、由夏を抱きしめる。


「うん、どうしても聡志に会いたくて、話がしたくて、来ちゃった。突然、ごめんね。」


「いや、そんなのは構わねぇし、むしろ大歓迎だけど、お前、仕事はどうしたんだよ?」


その当然の俺の問いに


「休んだ、有休取っちゃった。私は、今日と明日は発熱で自宅療養中なんだ。」


と、俺の腕の中から、俺を見上げて、いたずらっぽく笑う由夏。その姿は可愛いけど、やっぱりおかしい。責任感の強い由夏が、いくら俺に会いたいからって、会社サボるなんて・・・。


「聡志、もう夕飯食べちゃった?」


「いや、なんか食う気しなくて。まだ。」


「えっ、食欲ないの?」


俺のその返事に、由夏は驚いたように聞いて来る。


「そんなことねぇよ。今にして思うと、由夏が来てるのが虫の知らせで、伝わって来たのかな。」


なんて言ったら


「嬉しい。」


とますますスリスリして来やがる。


「じゃ、取り敢えずなんか、食いに行くか。」


と言うと


「ううん、いい。作ってあげる。」


ニッコリ微笑んで、そう言う。


「でも、疲れてるだろ?」


「大丈夫、聡志の為に作りたいの。その代わりに、買い物付き合って。」


「うん、わかった。」


そして、身体を離した俺達は、手を繋いで、部屋を出た。