翌朝、前夜の疲れもなんのその、早くから練習に出掛ける俺を、由夏はちゃんと送り出してくれた。


「行ってらっしゃい、今日は後でグラウンド行くからね。」


「おぅ、行って来ます。」


(行ってらっしゃい、か・・・悪くねぇな。)


なんて思いながら、ニヤニヤしながら歩いていた俺は、多分相当怪しかっただろ。


今日も試合があるが、俺はベンチには入らない。実を言うと、俺は明日の試合に先発登板する予定で、今日は、それに向けての最終調整の練習に向かっているのだ。


3年目のシーズンを迎え、キャンプは初めて二軍スタートとなってしまった俺は、でもその後、一軍に呼ばれ、オープン戦にも出場したが、イマイチの成績で、結局開幕も二軍スタートとなった。


当初はキャッチャーもやっていたが、ここのところは、完全にピッチャーとして、先発ローテーションに入れてもらっている。結果も自分で言うのもなんだが、悪くない。


プロ入りしてから、由夏に生観戦してもらえた試合が、そんなにないこともあるが、ピッチャーとしての俺を見てもらうのは初めてのことで、俺は俄然気合いが入っていた。


試合が行われるメイン球場には、この日は足を運ばず、俺は横のサブグラウンドで、汗を流した。


登板前日には、そんなにハードには動かない。ブルペンで投球練習はするが、せいぜい30球くらいを、自分の調子を確認する為に投げるくらい。あとはランニングなどを行って、メイン球場では試合たけなわの、午後2時過ぎくらいには、俺はグラウンドを後にする。


そんな俺の様子を、いつの間にか現れた由夏は熱心に眺めていたけど、俺がグラウンドを離れる頃には、彼女の姿も消えていた。俺を出迎える為に、一足早く帰ったんだろう。


マンションに戻ると、やっぱり由夏が満面の笑みで迎えてくれる。とにかく普段は、自分でオートロックを解除して、自分でドアのカギを開け、真っ暗の部屋にコンビニ弁当ぶら下げて、帰ってるんだから、この違いは、まさに天と地の差。でもこの幸せとも、今日でしばらくお別れか。


昨日ほどの熱烈な雰囲気ではないけれど、お帰り、ただいまのキスを交わし、シャワーを浴びて、着替えて、食卓に行くと、由夏がコーヒーを煎れて、待っててくれる。


「お疲れ様ね。」


「ありがとう。」


「先発の前の日の練習って、あんな軽いんだ。」


「やり過ぎて疲れちゃったら、本末転倒だからな。」


そんな会話を交わしながら、今日はまったりと。毎日、試合に出場する野手や、いつ出番があるかわからないリリーフ投手と違い、先発投手の登板は概ね、週に1回。だから、彼らとは生活リズムが、同じ野球選手でも、全くと言っていいほど違う。


全てが登板日に合わせて、動いて行く。登板前日は、人にもよるが、やっぱりピリピリしている。それを察してか、由夏も今日は、必要以上に俺にベタベタして来ない。俺のペースに合わせてくれている。


こんなプロ野球選手のライフスタイルを、見てもらい、理解してもらうことも、大切なことだと思う。