「初めて見たな、由夏の涙。」


前から陽菜さんの優しい声が聞こえて来る。


「由夏は強い子だもん。いつも前向きで、いつも明るくて。励まされて、癒やされてた。あんたと一緒にやれて、あんたを部下に持てて、私は楽しかったし、本当によかったと思ってる。」


その言葉に、私は首を振る。


「陽菜さん、私、強くなんかありません。小さい時は『泣き虫由夏』って、みんなにバカにされてました。でも、あるきっかけがあって、小3の時に泣き虫は卒業しようと決めて、以来自分でも数えられるくらいしか泣いたことはないです。でも・・・今日は本当に寂しいです、悲しいです、そして悔しいです。だから・・・。」


訴えるようにそう言う私の顔を見て


「ありがとう、由夏。正直言えばね、出来ればもう少し、そうだな、せめてあと1年、一緒にやりたかった。そしたら、私が『あとは頼んだよ。』って、心置きなく言えるようになれるくらい、あんたも成長してたと思うから。でも、それは、由夏の成長を見守ることは・・・私じゃ役不足だって平賀さんに言われてしまったから。」


陽菜さんは寂しそうに言った。


「確かに、数字は低迷してましたけど、なんで陽菜さんだけが、責任を負わされなきゃいけないんですか?平賀さんは酷い、酷過ぎます。」


更にそう訴えた私の顔を見ていた陽菜さんは、ふっと笑顔になった。


「平賀さんには、感謝してる。感謝しかないよ。だって、私は平賀慎に、一人前のデザイナ-に育ててもらったんだから。私がこれから、どこでどういう風に生きて行くかは、まだ全然決まってないけど、デザイナ-であり続ける以上、私は平賀さんの教えを胸に、平賀イズムで、やっていくことに間違いない。私はデザイナ-平賀慎は、今でも尊敬してるから。」


「でも平賀さんは、そんな可愛い愛弟子の陽菜さんを見捨てたんですよ。」


「それはあの人が、30代前半の若さで、小なりとは言え一企業の事実上のトップなんかに立たされてしまったから。申し訳ないけど、あの人の器は、そこまでじゃないんじゃないかな?」


「陽菜さん・・・。」


「平賀学校の落第生が、偉そうなことを言うなって怒られそうだな。でも、私はデザイナ-としての自分に戦力外通告をした平賀慎を見返す為に、会社を辞めるんだから。平賀慎を必ず後悔させて見せるから。」


そう言って、グラスに入っていたビ-ルをグイっと飲み干した陽菜さんは、プハ-とまるでおじさんのような息をつくと


「ま、見ててよ。」


とニッコリと笑って見せた。その陽菜さんの笑顔が、私の涙腺を、再び崩壊させた。