その日、私は取引先との打ち合わせがあって外出、夕方に帰社した。


オフィスに戻ると、何か様子が変だ。私が戸惑っていると


「あっ由夏、お帰り。平賀さんがすぐに部屋に来てくれって。」


と美優の声が。


「そう、わかった。」


と返事をして、バッグをデスクに置いてから、平賀さんの部屋に向かう。


途中、ノムとすれ違ったので


「何かあったの?」


と小声で尋ねると


「中に入れば、わかる。」


と小声で返された。仕方なく、私はノックをする。


「平賀さん、岩武です。」


「お疲れ、入ってくれ。」


その声に失礼しますと、ドアを明けて、中に入って、息を飲んだ。


自分のデスクに立つ平賀さんの前に、ミドル・ミセスカジュアル担当デザイナーの岡嶋さんが仁王立ちしている。


それだけでも異様な光景なのに、更に驚いたのは、横のソファに陽菜さんが俯いて座っている。肩が震えてるその姿は、明らかに泣いているとしか思えない。私が言葉を失っていると


「人事異動が発令された。」


と平賀さんが普段と変わらぬ声で告げる。


「ちょっと平賀、待ちなさいよ。」


と遮るような岡嶋さんの言葉。


「岡嶋、今はプライベートじゃない。上長である俺を呼び捨てにするなんて、口を慎め!」


岡嶋さんを一喝して、私に視線を戻した平賀さんは、もういつもの彼だった。


「丸山が本社に戻って、事務を担当することになった。」


「えっ?」


あまりに意外なことに言葉を失っていると


「後任は、当面岡嶋が兼務することになる。岩武は引き続き、岡嶋を補佐して、頑張ってくれ。」


「平賀さん、それは・・・。」


動揺を隠せない私に


「ほら見てごらん。今の岩武ちゃん見れば、いかに今回の人事がメチャクチャか、わかるでしょ?」


と岡嶋さんが詰め寄る。


「なんだ、岡嶋はやれる自信ないのか?」


静かに問い返す平賀さん。


「ミドル・ミセスの方は、どうするのよ。」


「その辺は、並木(なみき)もいるし、上手く岩武を含めた3人で分担してやって欲しい。岡嶋なら十分やれると思ってるんだが。」


並木恵子(けいこ)さんは、岡嶋さんのアシスタントを務めるベテランデザイナ-さん。平賀さんに上手くプライドをくすぐられた形になって、岡嶋さんの剣幕は収まってきたが、その時、目を真っ赤にした陽菜さんが立ち上がった。