「あの時。」
「え?」
和哉の声が頭上から聞こえてきて、莉緒が見上げる。
「あの時も本当はこうしてやりたかったんだけど。お前の手を引き入れるだけで精いっぱいだったんだ。」
和哉が言っているのは、きっと初めて会った時のことだ。
電車の中から、和哉が手を伸ばして自分の体を電車に乗せてくれたことは知っている莉緒。
「お前の位置からは俺が見えなくても、俺の位置からは見えてた。近くて遠かったな。あんときは。」
「・・・」
「って、俺変態みたいじゃん」
そう言って笑う和哉が莉緒の方を見下ろす。

やっぱり近い!
莉緒は照れて少しうつむいた。

「その節はお世話になりました。」
「いいえ。」
「ありがとうございます」
「どういたしまして。何なら、カバンじゃなくて、俺の体つかんでてもいいぞ?」