「リズー……」
助けを求めてリズを見ると、リズは困ったように笑った。
「アリス、ほら、早く行かないと本当に怒られちゃうわよ?」
「う。それは嫌、だけど。今日の遊ぶ約束は?」
「また今度よ。それに私、この後は予定があるから長くは遊べないって言ったでしょう? 丁度良かったじゃない」
「うーん、分かった! じゃあまた明日会おうね!」
「ふふ。明日、ね」
「?」
リズは意味深にクスリと笑うと、またね、と言って帰ってしまった。
「な、何か可笑しい事言ったかな?」
ふと浮かんだ疑問は消え、丘から遠ざかる水色のワンピースを尻目に、これからのことを考えて肩が沈む。
「さぁ、アリス殿。早く城にお戻りを。課題が山積みです」
「ええっ! そ、そんなぁ!」
勉強は苦手。外で遊んでいる方がよっぽど楽しいのに!
観念してトランプ兵の後ろを歩く。白と赤のコントラストがちかちかする城の階段を登りながら、チラリと街の方を振り返ってみる。見慣れたレンガ造りの赤い屋根が並ぶ街は、沢山の人で賑わっていた。階段から見える景色は限られているけど、不思議の国はとても広い。 まだ幼いからと女王様に街から出るのを禁止されている私にとって、街の外は未知の世界。本や教わった知識でしか知らないけれど、迷うほど深い深い森や、海と呼ばれる輝きを持つ青い水の空があるそうで。
街を出た、その先にはどんな綺麗な風景が広がっているんだろう。
この風景の先にはどんな人がいるんだろう。
顔を知らない、本当のお母さんやお父さんは――?
会ったことのない両親。理由があったかもしれないけれど、置いていかれたのは寂しいし悲しかった。街で両親に手を引かれる子供を見かける度に、羨ましく思った。でも会いたいとは思った事はない。それはきっと、私を拾ってくれた女王様や親友のリズがいたから。そしてこの城での生活が楽しかったからだと思う。
もう一度外を眺め、この国をおもう。
不思議の国は女王様が治める国。その名の通り不思議な世界。先程見たレンガ造りの屋根の赤は瞬く間に色が変わり、今では黄色やピンクに代わる代わる色を変えている。綿菓子みたいな雲の隣には、昼過ぎなのに輝く星。
十四年間不思議の国に過ごしてきた私にとっては普通であるはずなのに、今は何故か不思議に思える。鮮やかな夢を見た後だからだろうか。
城門から青い隊服を纏ったトランプ兵達が馬に乗って駆けて行く姿が見えた。スペード、ハート、ダイヤ、クローバーの四つの軍の中で最も階級が高く、強者の騎士が揃う、スペードの軍。
凶悪な事件やレベルの高い任務を行う事が多い軍で、余程の事がない限り出動しないはず。こうして見かけたのも久しぶりなくらい、兵士の姿を見るのは珍しい。