「アリス!」
「ん。……リズ?」

目を覚ますと、心配そうにこちらを見下ろす親友の顔がある。寝ぼけた頭で起き上がり首を回すと、暖かな陽気と花達の子守唄に眠気を誘われ、そのまま寝てしまったようだった。

「アリスったら、待っている間は寝ないでね、って言ったのに。まぁ、この陽気では貴女には無理な話よね」
「ごめんね、リズ」

起き上がって謝ると、リズは微笑みながら、もう寝ちゃダメよ、と許してくれた。
リズには沢山の弟や妹がいて、面倒をずっと一人で見てきた。だから面倒見が良くて優しいところは昔から変わらない。

悪戯に好奇心旺盛な私にも呆れながら付き合ってくれる、心優しい親友。

綺麗な黒髪を肩より先に伸ばさないのは勿体無いと思っているけど、弟たちのお世話で手一杯なのだと言われてしまったら仕方ない。

ローズ色のエプロンドレスが、ふわりと花の上に広がる。ぐしゃぐしゃになった桃色の髪を手櫛でとかしながら、片方を高い位置で髪を結い直し、もう片方も同じように結った。

「ふふ、左が右に比べて低いわよ?」
「えーと、よし! どう? 直った?」

細い指が髪を撫でる優しい感触に、ふと先程の夢を思い出す。夢の中ではお姉さんと二人、今日みたいなお日様の下でトランプをしていた。色鮮やかに、今でもトランプの色と木々の陰りが記憶に残っている。この花畑に溢れる蜜の香りと一緒に、太陽に温められた新緑の香りが、鼻腔をくすぐっている気がするくらいに。

「私、お姉さんいないのにな」
「何? 夢の話?」
「うん。夢でね、お姉さんとトランプをしていたんだけど」
「アリスにお姉さんはいないわよね。あら、でもお姉さんがいないなんて言ったら処刑されてしまうかしら」
「ふふふ、怖いね」

夢で存在した、知らないお姉さん。私には血の繋がったお姉さんはいない。そしてお母さんとお父さんも。赤ん坊の頃、私はこの不思議の国を統治する城門の前に置き去りにされていたらしい。

置き紙に残されていた“アリス”という名前だけを頼りに、女王様が直々に探してくれたみたいだけれど、結局わからずじまいだった。

私は城で育てられ、こうして最高の親友と楽しく過ごしている。そして、最高のお姉様である、女王様とも。
「アリス殿―!」
「わ! 見つかっちゃった!」
「女王陛下がお怒りです! 速急に城へ戻るように、と!」

赤い隊服を纏った兵が駆け寄る。見慣れた隊服に身を包む彼は、お城のトランプ兵だ。もう少し花畑にいたかったけど、戻らなくちゃ。