夜風が私の髪をさらい、火照った顔を夜風が優しく撫でる。
並んで歩いてマンションに入ると、ホテルのホールのような広々としたエントランスを抜けてエレベーターを目指した。
数回来た事がある慶兄のマンションは、驚く程綺麗で大きい。
美春と、こんな場所に住んでみたい。なんて初めて来た時ははしゃいでいたっけ。
静かに登りだしたエレベーターは、15階でゆっくりと軽い重力を感じさせながら止まり、ゆっくりとドアが開いた。
エレベーターを降りてすぐに左へ曲がると、対面式にドアが均等に並び、一番奥の角部屋の前で慶兄は鍵を開けた。
「入れよ」
「…お邪魔します」
ドアを支えている慶兄の横を抜けて広い玄関に足を踏み入れた。
背後でガシャンと鍵が締まる音が響き、暗かった視界が明るくなり、思わず目をしかめた。
ただ立ち尽くしていた私の肩に、そっと手を掛けた慶兄に押されて、靴を脱ぐと廊下へ上がった。
長く伸びるフローリングを踏み締めながら、慶兄に従って廊下を歩いた。
頭がボーッとして、物事を考えるのも億劫だ。
体が鉛のようにずっしりと重く、足を動かすのも他人の足のようで、そんな私を慶兄は優しく支えて歩いてくれた。