「今日はありがとう」
車を降りて、外から窓を覗き込むようにして慶兄にお礼を言った。
「また連絡するよ。ゆっくり休めな」
ハンドルに片手を乗せ、顔をこちらに向けた慶兄は、優しく口元を持ち上げて笑っている。
「気を付けて帰ってね」
「おう。…あ、」
手を振ろうと持ち上げかけた手を、慶兄の声によって中途半端に止めた。
「瑠衣斗がいつもに増して俺に冷たかったぞ。喧嘩でもしたのか?」
突然の瑠衣斗の名前の登場に、驚く程心臓が反応した。
一度グッと跳ねたと思ったら、大きく脈打ちだしている。
「…え。してない…けど?」
動揺を悟られないように、平然を装ったつもりだが、無理だった。
「…そうか。ま、あいつは別にいいや。じゃあまたな」
何の気もなさそうに言うと、ニッコリ笑って手を振るので、慌てて私も慶兄に笑って手を振った。
遠ざかるテールランプを見送りながら、切なく疼く胸に嫌気がさす。
あの子と喧嘩でもしたんじゃないのかな。
私は全く関係ないもん。
そんな投げやりな自分の考えに、思わず溜め息を漏らした。
付き合ってもない。気持ちを伝えた訳でもない。なのに…。
嫉妬している自分が、物凄く惨めに感じた。
そんな風に惨めに思う自分が、恥ずかしい。
私はあの子にはなれない。
しばらくは、その場から動く事ができなかった。