次の日、帝が用意してくれた、迎えの牛車が来た。
珱姫は、牛車に乗り、しずかの元へと出向いた。
しずか邸は、帝の奥方の屋敷の割に、質素だった。
しずか邸に入ると、侍女が、しずかの所へ案内してくれた。
「お主が、珱姫…?
噂は。聞いておる。
陰陽師が、何用か?」
正座し、頭を下げてた、珱姫は、頭を上げた。
しずかの顔は、般若になっていた。
「(やはり、生き霊は、しずか様…。)
帝から、しずか様のご様子を、見て参るよう、仰せ遣わされました。」
「帝は、来ぬのか?」
「本日は、参られておりません。」
「なぜ、帝は来ぬのだ?
私に飽いたのか?」
「そのような事は、ございません。
帝は、お忙しい方ゆえ…。」
「そんなはずはない!!
私に飽いたのだ!!」
「いいえ。
もし、しずか様に飽いたのなら、あたしをしずか様の元へ遣わせないでしょう。
帝は、しずか様を大切に思っておいでです。」
「嘘じゃっ!!!
私に飽いたに違いない!!
珱姫!!
もう、帰られよ!!」
しずかは、扇で顔を隠した。
「…分かりました…。」
珱姫は、一礼して、部屋をあとにした。
しずかは、珱姫が出た、障子戸に向かって、扇を投げつけた。
珱姫が乗った牛車は、内裏で止まった。
そこには、結果を聞こうと、待っていた、帝がいた。
「珱姫。
どうであった?」
「生き霊は、しずか様で、間違いございません。」
「やはり、そうか…。
しずかであったか…。
して、この後は、どうなるのだ?」
「しずか様の生き霊に、しずか様のお身体にお戻り頂きます。
今夜、再び、夫と帝の元に参ります。」
「分かった。
待っておるぞ。」
「はい。」
夜、晴明と珱姫は、帝の元に出向いた。
晴明は、帝に、説明した。
「生き霊とは、厄介なものでして、失敗すれば、しずか様は、助かりません。
もし、成功したとしても、その後の、帝の言動により、再び、生き霊になる事が、ございます。
決して、しずか様との間に、確執をお持ちになりませんように、ご注意下さい。
それから、今回は、生き霊の言葉を、全て、聞いていただき、会話もして頂きます。
よろしいでしょうか?」
「う…、うむ…。」
「では、術式の準備に入らせて頂きます。」
「うむ。
頼んだ。」
晴明と珱姫は、術式の準備にとりかかった。
そして、丑三つ時。
生き霊のしずかが来た。
晴明と珱姫は、祝詞を唱えた。
苦しみだす、生き霊のしずか。
その後ろに、晴明。
前に、珱姫が立った。
「く…苦し…い…。」
晴明の祝詞は、全員の姿が、見えなくなる、祝詞。
珱姫のは、しずかの体力を奪う、祝詞だった。
苦しみ続ける、しずかの生き霊…。
晴明と珱姫は、祝詞を唱え続けた。
しずかは、苦しみながら、暴れまわった。
段々、弱っていく、しずかの生き霊。
それを見て、晴明は、帝だけ見えるように、祝詞を変えた。
息遣いの荒い、しずか。
その、しずかに、帝は、近付いた。
「し…、しず…、か…。」
「み…、みか…、ど…。
帝…。
帝は…、私の事…、飽いたの…、ですか…?
だから…、来ぬのですか…?」
しずかは、帝にすがった。
「それは、違う。
い…、忙しかったのだ…。」
「本当…、です…、か…?」
「あぁ。」
「良かったぁ…、良かったぁ…。」
しずかの生き霊は、泣き始めた。
「私に、飽いたのではなくて、良かったぁ…。」
「しずか…。」
「…愛おしい…、帝…。
もっと、お会いしとうございます。」
「必ず、そなたの元へ参ろう。」
「嬉しい…。
帝…、お待ちして…、おります…。
愛おしい、帝…。」
帝の言葉を聞き、しずかの生き霊は、体に戻った。
珱姫は、祝詞を唱えた。
「珱姫、何をしたのじゃ?」
「もし、しずか様が、生き霊の戻られた時、すぐ、分かるようにしたのです。」
「なるほど…。」
「術式は、成功しました。
今後、しずか様が、再び、生き霊になるかは、初めにお話しした通り、帝次第にございます。」
晴明の言葉に、帝は、静かに頷いた。
「分かっておる。
本日は、疲れたであろう…。
今、牛車の用意をさせよう。」
晴明と珱姫は、それぞれ、牛車に乗って帰った。
屋敷に着くと、二人は、少しだけ、お酒を飲んだ。
「帝、大丈夫やろか?」
「そですね…。
しずか様は、かなり、気性が荒く、嫉妬深いので、遅かれ早かれ、生き霊になるでしょう…。」
「次、なったら、覚悟せぇへんと…。」
「そうですね…。」
「鬼になったら、最後や…。」
「分かってます…。
帝に同行した方がいいのでは…?」
「嫉妬深いなら、それは、無理やろ…。」
「ですよね…。」
「まぁ、今日は、上手くいったんや。
ここまでで寝よう。」
「そうですね。」
二人は、不安の中、眠りに就いた。