陰陽師で有名な、安倍晴明の屋敷の中、歳が、十三歳ほどの一人の女子(おなご)が、晴明を探し回っていた。
「晴明様?
晴明様?!
どちらに、おいでです?
晴明様?!」
屋敷の中を探し回る、この女子、名は、珱(よう)姫と言い、安倍晴明の妻である。
そして、彼女自自身も、陰陽師として、法力が強く、美しい女性として、有名だった。
なぜ、彼女が、法力が強いかと言うと、彼女はコノハナサクヤの生まれ変わりだからなのだ。
「珱姫、ここや。」
彼女を呼ぶ、男…。
彼こそが、安倍晴明であり、ににぎのみことの生まれ変わりである。
「晴明様、ここにいらしたのですね。」
「どないしたんや?
そない慌てて…。」
晴明は、のんびりと、寝転んでいた。
「街に置いてる、あたしの式神が言うには、博雅様が、こちらに、向かっていると…。」
珱姫は、街と屋敷に、式神を置いていた。
「博雅が?」
晴明は、起き上がった。
「はい…。」
「何の用やろ…?」
「さぁ、何でしょう…。」
「まぁ、ええわ。
珱姫、門まで、迎えに出てくれへん?」
「はい。
分かりました。」
珱姫が、門の所で、博雅待っていると、博雅は、すぐに来た。
「ようこそ、おいでくださいました。
博雅さま。
晴明様は、こちらで、お待ちです。」
珱姫は、にこりと微笑んだ。
「私が来るのも、お見通しか…?
流石だな、珱姫。」
彼の名前は、源 博雅。
管弦の名手で、晴明の古くからの友人。
「お褒め頂き、ありがとうございます。
さぁ、どうぞ。」
「あぁ、すまない。」
珱姫は、笑顔で、博雅を招き入れ、晴明の所へ、案内した。
「晴明。」
「博雅。」
晴明と向かい合わせに座る、博雅。
珱姫は、酒の準備のため、立ち去ろうとした。
「晴明様。
お酒の用意をしてまいります。」
「うん。
頼んだで。」
「はい。」
珱姫は、酒の準備をした。
「(おつまみは…。)
(お漬物でもいいかしら…?)
(後、里芋の煮物にしましょ。)」
珱姫は、晴明の所に持って行った。
「お待たせしました。」
珱姫は、二人の前に、つまみの乗った、御膳を置き、まずは、博雅にお酌した。
「さぁ、博雅様。
一杯どうぞ。」
珱姫は、博雅に、お酌した。
「おぉ、すまんな。」
珱姫は、晴明にもお酌した。
「晴明様も…。」
「おう、ありがとう。」
晴明と博雅は、盃に入った、酒を一口で飲み干した。
「これは、また、美味い酒だな。」
「せやろ?」
「さぁ、お二人とも、もう一杯。」
珱姫は、二人にお酌した。
「いやぁ、しかし、晴明が、人の子を娶(めと)るとはな…。
私は、てっきり、式神にしか、興味がないと思っておった。」
博雅は、笑った。
「式神は、式神や!!
恋なんかしたりせぇへん。
それに、僕の式神が、どんなか知ってるやろ?」
「知ってる。
して、その式神は?」
「一条戻り橋の袂(たもと)に置いてる。」
「橋の袂?!!
なぜ?!」
「「妖(あやかし)みたいや。」言(ゆ)うて、珱姫が嫌がるんや。」
「なるほど…。
確かに、妖っぽいな…。
じゃあ、この屋敷には、式神が居ないのか?」
「いや。
珱姫の式神が居(お)る。」
晴明の式神と珱姫の式神は、全く、別物だった。
晴明の式神は、動物の式神。
珱姫の式神は、植物の式神。
晴明の式神は、妖のようい醜く、珱姫の式神は、人型をしていた。
「それはそうと、博雅。
何や、話があるんやろ?」
「よく分かったな。」
「当たり前や。
僕は、陰陽師やで?
それで、何や?」
「実は…、宮中で噂になってるのだが…。
…帝が…。」
「帝が、どないしたんや?」
「…なんでも、夜な夜な
何者かに、首を絞められるそうだ。」
「首を絞められる…やて…?」
「あぁ…。」
「うーん…。」
「やっぱり、鬼の仕業か?!」
「それは、見てみぃひんと分からへんけど…。
多分、そうやろやな…。」
「そうか…。」
二人は、盃の酒を飲み干した。
次の日、珱姫の式神が、珱姫に耳打ちした。
「帝の遣いの方が、参られます。」
「帝の遣いの方が?」
「はい。」
珱姫は、晴明に伝えた。
「晴明様、帝の遣いの方が、参られます。」
「帝の遣いが?」
「はい。」
「昨日、博雅が言うてた件やろ。
珱姫、出迎えを…。」
「はい。」
晴明は、寝転んでいたけど、体を起こした。
珱姫は、門の所で、遣いが来るのを待った。
待つこと五分。
遣いが、二人、来た。
「待ちしておりました。
あたしは、安倍晴明の妻
珱姫と申します。」
「お主が、珱姫か?」
「はい。」
珱姫は、にこりと微笑んだ。
「中へ、どうぞ。
晴明様が、お待ちです。」
「我らが来るのを知っていたのか?!」
「はい。」
遣いの二人は、驚いた。
「陰陽師ですから。」
珱姫は、また、微笑んだ。
遣い達は、珱姫の案内で、晴明の元へ来た。
「安倍晴明。
お主の陰陽師としての活躍、帝も一目置かれておる。
そのお主に、帝が、頼みたいことがおありだ。
帝の元に、出向いて頂きたい。
それから、珱姫も一緒に参られよ。」
晴明と珱姫は、顔を見合わせた。
「あ…、あたしも…、ですか…?」
「そうだ。」
晴明と珱姫は、帝が用意した、牛車に乗り、帝の元へと出向いた。
遣いは、帝に言った。
「帝、晴明殿と珱姫殿が、参りました。」
帝は、障子戸を力なく開けた。
「おぉ、来たか。
待っておったぞ!!!」
晴明と珱姫は、正座し、頭を下げた。
「二人共、顔を上げよ。」
二人は、顔を上げた。
帝の目の下は、黒くなっていた。
「帝、本日は、どのようなご用件で?」
晴明の言葉に、帝の顔が、曇った。
「…実は…、我が身に起こってることなのだが…。
毎夜、何者かに、首を絞められて、眠れぬのだ…。
それが、もう、ひと月も続いておる…。」
「ひと月も?!!」
晴明も、珱姫も、驚いた。
「うむ…。
このままでは、私は、殺されてしまう…。
晴明…、珱姫…。
助けてくれ…!!!」
帝は、晴明にすがりついた。
「…分かりました。
僕らで、出来る事やったら、やらせて頂きます。
まず、首を絞めてる者を、突き止めましょ。」
「おぉ!!!
助けてくれるか?!!」
帝は、大喜び。
「して…、私は、どうすれば良いのだ?」
「帝には、僕が作った、結界に入って、頂きます。
結界の中に入ってる間は、空いたからは、見えません。
但し、一言でも、声を出してしまうと、相手に、お姿が見えてしまいます。
お気を付け下さい。」
「わ…分かった。」
帝は、息を飲んだ。
「では、僕たちは、準備をしに、一度戻ります。
準備が出来次第、戻ってきます。」
「分かった…。
早めに頼むぞ?!!」
「分かってます。
少々、お待ち下さい。」
晴明と珱姫は、一度、家に戻った。
そして、準備をして、再び、帝の元へ出向いた。
「お待たせしました。
これから、準備に入らせてもらいます。」
「分かった…。
頼んだぞ…。」
「はい。」
晴明と珱姫は、準備にかかった。
晴明は、結界を張り、珱姫は、藁で作った、人型を置き、コノハナサクヤ神社のお札を、人型の上に貼り付けた。
「珱姫、その藁人形は、なんじゃ?」
「帝の身代わりです。
相手は、これを帝と思い込みます。」
「そうか…。」
晴明が、帝に話しかけた。
「帝。
相手が来た時、結界の中から、相手を確認して下さい。」
「わ…、分かった…。」
晴明と珱姫は、術式の準備を進めた。
晴明は、屏風(びょうぶ)の後ろに、結界を張った。
時刻は、丑三つ時を迎えた。
静かな廊下を歩く、着物の擦れた音…。
「珱姫来たで。」
「はい。」
晴明と珱姫は、気合いを入れた。
「帝、ここからは、一言も話せへんように、お願いします。」
帝は、静かに何度も頷(うな)いた。
晴明と珱姫は、呪文を唱え始めた。
それは、ゆっくりと、帝の寝室に入ってきた。
「憎い…、憎い…、憎い…。
なぜ、帝は、私の所に来てはくれぬのです…?
ずっと…、ずっと…、待っているのに…。
なぜ、来てはくれぬのです…?
私の事、飽いたのですか…?
もう、その手で、私を抱いてはくれぬのですか…?」
女は、泣き始めた。
「なぜ、来てはくれぬのです…?
なぜなのです…?」
女は、人型の隣に、寝転んだ。
「あぁ…、愛しい帝…」
だが、人型は、藁人形…。
答えてくれる訳がない…。
段々、憎しみが出てきた、女…。
「なぜ、何も答えてくれぬのです?
あぁ、憎いっ!!!」
女は、起き上がり、泣きながら、人型の首を絞め始めた。
「帝…。
憎い…、憎い…、憎い…。」
女の顔は、般若の顔をしていた。
「死ね…、死ね…、死ね…。」
女は、更に、首を絞めた。
ひとしきり、首を絞めた、女は、「憎い。」と呟きながら、消えて行った。
女が、消えた事を確認した、晴明は帝に言った。
「帝。
もう、お話しして、大丈夫です。」
「あ…、あぁ…。」
帝は、恐る恐る、結界から出た。
「あ…、あれは…、あれは…、何なのだ…?」
帝の問いに、珱姫が答えた。
「生き霊にございます。」
「生き霊?!!」
「はい。生き霊とは、生きてる人間の魂が、体の外にでて、今回のようなことをするもののことを言います。
生き霊は、自分が、生き霊になっていることを知りません。
彼女は、生きておりますので、帝のおそばに
いらしゃる方かと…。」
「わ…、私のそばにか?!!
そのようなものは…。」
帝は、はっと気付いた。
「あの者は、「帝が来ぬ。」と申した。
もしや…、我が妻の中の誰かか…?」
珱姫は、答えた。
「その可能性は、ございます。」
帝は、少し考え、重い口を開いた。
「…一人おる…。
しずかと申す者だ。
しずかは、素朴で、物静かな女子に見えるのだが、気性が荒く、嫉妬深くてな…。
自然と足が、遠のいたのだ…。」
「なるほど…。
まだ、しずか様と決まった訳ではありませんが、その可能性はございます。
明日、しずか様に、わたしが、お会いする事は
可能でしょうか?
お会いすれば、しずか様かどうか分かります。
生き霊になった者は、わたし達、陰陽師には、般若の顔に見えるんです。」
「なるほど…。
分かった。
手配しよう」
「ありがとうございます。
わたし一人で、お会いして参ります。」
晴明と珱姫は、帝に一礼して、屋敷に帰った。
「晴明様?
晴明様?!
どちらに、おいでです?
晴明様?!」
屋敷の中を探し回る、この女子、名は、珱(よう)姫と言い、安倍晴明の妻である。
そして、彼女自自身も、陰陽師として、法力が強く、美しい女性として、有名だった。
なぜ、彼女が、法力が強いかと言うと、彼女はコノハナサクヤの生まれ変わりだからなのだ。
「珱姫、ここや。」
彼女を呼ぶ、男…。
彼こそが、安倍晴明であり、ににぎのみことの生まれ変わりである。
「晴明様、ここにいらしたのですね。」
「どないしたんや?
そない慌てて…。」
晴明は、のんびりと、寝転んでいた。
「街に置いてる、あたしの式神が言うには、博雅様が、こちらに、向かっていると…。」
珱姫は、街と屋敷に、式神を置いていた。
「博雅が?」
晴明は、起き上がった。
「はい…。」
「何の用やろ…?」
「さぁ、何でしょう…。」
「まぁ、ええわ。
珱姫、門まで、迎えに出てくれへん?」
「はい。
分かりました。」
珱姫が、門の所で、博雅待っていると、博雅は、すぐに来た。
「ようこそ、おいでくださいました。
博雅さま。
晴明様は、こちらで、お待ちです。」
珱姫は、にこりと微笑んだ。
「私が来るのも、お見通しか…?
流石だな、珱姫。」
彼の名前は、源 博雅。
管弦の名手で、晴明の古くからの友人。
「お褒め頂き、ありがとうございます。
さぁ、どうぞ。」
「あぁ、すまない。」
珱姫は、笑顔で、博雅を招き入れ、晴明の所へ、案内した。
「晴明。」
「博雅。」
晴明と向かい合わせに座る、博雅。
珱姫は、酒の準備のため、立ち去ろうとした。
「晴明様。
お酒の用意をしてまいります。」
「うん。
頼んだで。」
「はい。」
珱姫は、酒の準備をした。
「(おつまみは…。)
(お漬物でもいいかしら…?)
(後、里芋の煮物にしましょ。)」
珱姫は、晴明の所に持って行った。
「お待たせしました。」
珱姫は、二人の前に、つまみの乗った、御膳を置き、まずは、博雅にお酌した。
「さぁ、博雅様。
一杯どうぞ。」
珱姫は、博雅に、お酌した。
「おぉ、すまんな。」
珱姫は、晴明にもお酌した。
「晴明様も…。」
「おう、ありがとう。」
晴明と博雅は、盃に入った、酒を一口で飲み干した。
「これは、また、美味い酒だな。」
「せやろ?」
「さぁ、お二人とも、もう一杯。」
珱姫は、二人にお酌した。
「いやぁ、しかし、晴明が、人の子を娶(めと)るとはな…。
私は、てっきり、式神にしか、興味がないと思っておった。」
博雅は、笑った。
「式神は、式神や!!
恋なんかしたりせぇへん。
それに、僕の式神が、どんなか知ってるやろ?」
「知ってる。
して、その式神は?」
「一条戻り橋の袂(たもと)に置いてる。」
「橋の袂?!!
なぜ?!」
「「妖(あやかし)みたいや。」言(ゆ)うて、珱姫が嫌がるんや。」
「なるほど…。
確かに、妖っぽいな…。
じゃあ、この屋敷には、式神が居ないのか?」
「いや。
珱姫の式神が居(お)る。」
晴明の式神と珱姫の式神は、全く、別物だった。
晴明の式神は、動物の式神。
珱姫の式神は、植物の式神。
晴明の式神は、妖のようい醜く、珱姫の式神は、人型をしていた。
「それはそうと、博雅。
何や、話があるんやろ?」
「よく分かったな。」
「当たり前や。
僕は、陰陽師やで?
それで、何や?」
「実は…、宮中で噂になってるのだが…。
…帝が…。」
「帝が、どないしたんや?」
「…なんでも、夜な夜な
何者かに、首を絞められるそうだ。」
「首を絞められる…やて…?」
「あぁ…。」
「うーん…。」
「やっぱり、鬼の仕業か?!」
「それは、見てみぃひんと分からへんけど…。
多分、そうやろやな…。」
「そうか…。」
二人は、盃の酒を飲み干した。
次の日、珱姫の式神が、珱姫に耳打ちした。
「帝の遣いの方が、参られます。」
「帝の遣いの方が?」
「はい。」
珱姫は、晴明に伝えた。
「晴明様、帝の遣いの方が、参られます。」
「帝の遣いが?」
「はい。」
「昨日、博雅が言うてた件やろ。
珱姫、出迎えを…。」
「はい。」
晴明は、寝転んでいたけど、体を起こした。
珱姫は、門の所で、遣いが来るのを待った。
待つこと五分。
遣いが、二人、来た。
「待ちしておりました。
あたしは、安倍晴明の妻
珱姫と申します。」
「お主が、珱姫か?」
「はい。」
珱姫は、にこりと微笑んだ。
「中へ、どうぞ。
晴明様が、お待ちです。」
「我らが来るのを知っていたのか?!」
「はい。」
遣いの二人は、驚いた。
「陰陽師ですから。」
珱姫は、また、微笑んだ。
遣い達は、珱姫の案内で、晴明の元へ来た。
「安倍晴明。
お主の陰陽師としての活躍、帝も一目置かれておる。
そのお主に、帝が、頼みたいことがおありだ。
帝の元に、出向いて頂きたい。
それから、珱姫も一緒に参られよ。」
晴明と珱姫は、顔を見合わせた。
「あ…、あたしも…、ですか…?」
「そうだ。」
晴明と珱姫は、帝が用意した、牛車に乗り、帝の元へと出向いた。
遣いは、帝に言った。
「帝、晴明殿と珱姫殿が、参りました。」
帝は、障子戸を力なく開けた。
「おぉ、来たか。
待っておったぞ!!!」
晴明と珱姫は、正座し、頭を下げた。
「二人共、顔を上げよ。」
二人は、顔を上げた。
帝の目の下は、黒くなっていた。
「帝、本日は、どのようなご用件で?」
晴明の言葉に、帝の顔が、曇った。
「…実は…、我が身に起こってることなのだが…。
毎夜、何者かに、首を絞められて、眠れぬのだ…。
それが、もう、ひと月も続いておる…。」
「ひと月も?!!」
晴明も、珱姫も、驚いた。
「うむ…。
このままでは、私は、殺されてしまう…。
晴明…、珱姫…。
助けてくれ…!!!」
帝は、晴明にすがりついた。
「…分かりました。
僕らで、出来る事やったら、やらせて頂きます。
まず、首を絞めてる者を、突き止めましょ。」
「おぉ!!!
助けてくれるか?!!」
帝は、大喜び。
「して…、私は、どうすれば良いのだ?」
「帝には、僕が作った、結界に入って、頂きます。
結界の中に入ってる間は、空いたからは、見えません。
但し、一言でも、声を出してしまうと、相手に、お姿が見えてしまいます。
お気を付け下さい。」
「わ…分かった。」
帝は、息を飲んだ。
「では、僕たちは、準備をしに、一度戻ります。
準備が出来次第、戻ってきます。」
「分かった…。
早めに頼むぞ?!!」
「分かってます。
少々、お待ち下さい。」
晴明と珱姫は、一度、家に戻った。
そして、準備をして、再び、帝の元へ出向いた。
「お待たせしました。
これから、準備に入らせてもらいます。」
「分かった…。
頼んだぞ…。」
「はい。」
晴明と珱姫は、準備にかかった。
晴明は、結界を張り、珱姫は、藁で作った、人型を置き、コノハナサクヤ神社のお札を、人型の上に貼り付けた。
「珱姫、その藁人形は、なんじゃ?」
「帝の身代わりです。
相手は、これを帝と思い込みます。」
「そうか…。」
晴明が、帝に話しかけた。
「帝。
相手が来た時、結界の中から、相手を確認して下さい。」
「わ…、分かった…。」
晴明と珱姫は、術式の準備を進めた。
晴明は、屏風(びょうぶ)の後ろに、結界を張った。
時刻は、丑三つ時を迎えた。
静かな廊下を歩く、着物の擦れた音…。
「珱姫来たで。」
「はい。」
晴明と珱姫は、気合いを入れた。
「帝、ここからは、一言も話せへんように、お願いします。」
帝は、静かに何度も頷(うな)いた。
晴明と珱姫は、呪文を唱え始めた。
それは、ゆっくりと、帝の寝室に入ってきた。
「憎い…、憎い…、憎い…。
なぜ、帝は、私の所に来てはくれぬのです…?
ずっと…、ずっと…、待っているのに…。
なぜ、来てはくれぬのです…?
私の事、飽いたのですか…?
もう、その手で、私を抱いてはくれぬのですか…?」
女は、泣き始めた。
「なぜ、来てはくれぬのです…?
なぜなのです…?」
女は、人型の隣に、寝転んだ。
「あぁ…、愛しい帝…」
だが、人型は、藁人形…。
答えてくれる訳がない…。
段々、憎しみが出てきた、女…。
「なぜ、何も答えてくれぬのです?
あぁ、憎いっ!!!」
女は、起き上がり、泣きながら、人型の首を絞め始めた。
「帝…。
憎い…、憎い…、憎い…。」
女の顔は、般若の顔をしていた。
「死ね…、死ね…、死ね…。」
女は、更に、首を絞めた。
ひとしきり、首を絞めた、女は、「憎い。」と呟きながら、消えて行った。
女が、消えた事を確認した、晴明は帝に言った。
「帝。
もう、お話しして、大丈夫です。」
「あ…、あぁ…。」
帝は、恐る恐る、結界から出た。
「あ…、あれは…、あれは…、何なのだ…?」
帝の問いに、珱姫が答えた。
「生き霊にございます。」
「生き霊?!!」
「はい。生き霊とは、生きてる人間の魂が、体の外にでて、今回のようなことをするもののことを言います。
生き霊は、自分が、生き霊になっていることを知りません。
彼女は、生きておりますので、帝のおそばに
いらしゃる方かと…。」
「わ…、私のそばにか?!!
そのようなものは…。」
帝は、はっと気付いた。
「あの者は、「帝が来ぬ。」と申した。
もしや…、我が妻の中の誰かか…?」
珱姫は、答えた。
「その可能性は、ございます。」
帝は、少し考え、重い口を開いた。
「…一人おる…。
しずかと申す者だ。
しずかは、素朴で、物静かな女子に見えるのだが、気性が荒く、嫉妬深くてな…。
自然と足が、遠のいたのだ…。」
「なるほど…。
まだ、しずか様と決まった訳ではありませんが、その可能性はございます。
明日、しずか様に、わたしが、お会いする事は
可能でしょうか?
お会いすれば、しずか様かどうか分かります。
生き霊になった者は、わたし達、陰陽師には、般若の顔に見えるんです。」
「なるほど…。
分かった。
手配しよう」
「ありがとうございます。
わたし一人で、お会いして参ります。」
晴明と珱姫は、帝に一礼して、屋敷に帰った。