氷の様に鋭く、それなのにどこか弱弱しい声が鼓膜を震わせる。
信じられない人物が目の前に現れて、僕はその場で硬直した。
「時雨さん……どうしてここに」
近くで見る時雨さんは、さっき見た時よりも更に痛々しく感じられた。
よく見ると、包帯以外の箇所も手足のあちこちが青痣になっている。打ち所が悪ければいつ死んでいてもおかしくなかっただろう。
「お話があるのよ。『魔女』である貴方と話しているのをあまり見られない方がいいから、なるべく手短に」
確かに……既に周りの生徒達は、僕と彼女が言葉を交わしているのを見て騒めき始めている。この状況は、お互いにとってあまり好ましいものではないだろう。
そんな中、こちらを見つめる時雨さんの表情は真剣そのものだ。
僕は少し考えた後、彼女の心配を和らげるつもりで言う。
「そこまで周囲を気にする必要はないですよ、時雨さん。クラスメートたちが言ってたんだ……『せめて、僕たちだけは助けてくれ』」
それは、少し残酷は励まし方だったかもしれない。
事実、その言葉に彼女は一瞬唇を震わせたが……すぐに気丈な笑みを浮かべる。
「そう……まあ元からあんな金魚のフンみたいな連中には興味ないわ。それより今は貴方とお話がしたいの」
「じゃあ、少しくらいなら」
「ありがとう」
そう言って時雨さんがさっさと席に着くと同時に、僕は『ライプラリ』を切った。
今は彼女との会話をお邪魔虫AIに妨害されたくない。
「話は聞いているでしょう? 私が貴方に呪いをかけられたせいで次々と災厄に見舞われている……と」
「ええ。でもそんな覚え僕には全くありません。そもそも僕にはそんな力はありませんし」
「そんな話信じられると思う? タイミング的にも前後の出来事からも、状況証拠は揃っているのよ?」
そう言って、信じられないことに時雨さんまでもが僕に頭を下げてきた。
「夕立始君。ごめんなさい……どうか私を殺さないで」
「……こんなに誰かに頭を下げられた日は初めてですよ」
僕は戸惑うも、彼女は頭を垂れるのをやめない。
「貴方に許されないことをしたのは分かってる。でも私は死ぬわけにはいかないの!」
「ちょっと、もう頭を上げて下さい! ますます目立ってしまいますよ! それに今はもう平気ですから……時雨さんにされたことをもう恨みなんか思っていません」
「……本当に?」
時雨さんが僅かに顔を上げて尋ねる。
「そうじゃなかったら学校になんか来ませんよ。それに、時雨さんが助かるなら僕だって力になりたい」
すると時雨さんは、信じられないと言った表情で僕を見上げた。
「何を言っているの? 私に『魔女』の呪いをかけたのは貴方でしょう?」
「だから違いますって! そりゃ最初は確かに時雨さんのことを恨んだし、一度は死のうとまでしたけど……でも、今はもう誰にも苦しんで欲しくない」
「……貴方、この数日の間に何があったのかしら? まるで別人みたい」
時雨さんが怪しむ様にこちらを覗き込む。
一週間前の僕なら緊張でドキドキしただろうけど、今の僕は彼女の黒真珠の様な瞳を真っすぐに見据えられた。
「まあ何というか、神様のお告げがあったんですよ。命を大事にしなさいって」
「命を大事に……? 『ラプラス・システム』がそんな抽象的なお告げなんかするかしら?」
時雨さんは首を捻ったが、僕はすぐに話を本題に戻した。
「とりあえず、時雨さんの今の状況を詳しく説明して下さい。それが解決の糸口になるかもしれない」
「貴方、あんなことがあったのに本当に私を助けてくれる気なのね……呆れました」
時雨さんはそう嘆息しつつ話してくれた。
「事故に関しては学校のポータルサイトで記事になっている通りよ。何も不審な点なんてありません。飲酒運転、老朽化した非常階段の崩落、そして落下してきた鉄骨との接触。警察が調べているけどいずれも事故、過失によるもので事件性は一切皆無だそうよ」
「まずその飲酒運転の件が気になります。そもそも『ラプラス・システム』はどうして飲酒運転を未然に防げなかったんでしょう」
時雨さんが訝し気に目を細める。
「『ラプラス・システム』は確かに完璧な未来予測で日本を統括してるけど、全てを管理してるわけじゃないわ。完全に行動を支配すれば、必ず大衆の不満は爆発する……だから『ラプラス』は意図的に監視の目をある程度緩めている。それが『ラプラス・システム』の『半黙認統治制』――そう習ったでしょう?」
「確かに。でも、飲酒運転の結果で万が一人が死ねばそれは『黙認』して良いレベルを超えてる。加害者は捕まった時なんと供述してましたか?」
「確か前日に会社の飲み会があって……そこで同僚にいつもよりたくさん飲まされて酷い二日酔いだったとか……」
そこで時雨さんがハッと口元を押さえた。
「まさか……そんなことって……」
僕も確信を得て頷き、それを口にする。
「間違いない……」
「『世界』は――『ラプラス・システム』は、あらゆる人間を利用して時雨さんを殺そうとしている」
信じられない人物が目の前に現れて、僕はその場で硬直した。
「時雨さん……どうしてここに」
近くで見る時雨さんは、さっき見た時よりも更に痛々しく感じられた。
よく見ると、包帯以外の箇所も手足のあちこちが青痣になっている。打ち所が悪ければいつ死んでいてもおかしくなかっただろう。
「お話があるのよ。『魔女』である貴方と話しているのをあまり見られない方がいいから、なるべく手短に」
確かに……既に周りの生徒達は、僕と彼女が言葉を交わしているのを見て騒めき始めている。この状況は、お互いにとってあまり好ましいものではないだろう。
そんな中、こちらを見つめる時雨さんの表情は真剣そのものだ。
僕は少し考えた後、彼女の心配を和らげるつもりで言う。
「そこまで周囲を気にする必要はないですよ、時雨さん。クラスメートたちが言ってたんだ……『せめて、僕たちだけは助けてくれ』」
それは、少し残酷は励まし方だったかもしれない。
事実、その言葉に彼女は一瞬唇を震わせたが……すぐに気丈な笑みを浮かべる。
「そう……まあ元からあんな金魚のフンみたいな連中には興味ないわ。それより今は貴方とお話がしたいの」
「じゃあ、少しくらいなら」
「ありがとう」
そう言って時雨さんがさっさと席に着くと同時に、僕は『ライプラリ』を切った。
今は彼女との会話をお邪魔虫AIに妨害されたくない。
「話は聞いているでしょう? 私が貴方に呪いをかけられたせいで次々と災厄に見舞われている……と」
「ええ。でもそんな覚え僕には全くありません。そもそも僕にはそんな力はありませんし」
「そんな話信じられると思う? タイミング的にも前後の出来事からも、状況証拠は揃っているのよ?」
そう言って、信じられないことに時雨さんまでもが僕に頭を下げてきた。
「夕立始君。ごめんなさい……どうか私を殺さないで」
「……こんなに誰かに頭を下げられた日は初めてですよ」
僕は戸惑うも、彼女は頭を垂れるのをやめない。
「貴方に許されないことをしたのは分かってる。でも私は死ぬわけにはいかないの!」
「ちょっと、もう頭を上げて下さい! ますます目立ってしまいますよ! それに今はもう平気ですから……時雨さんにされたことをもう恨みなんか思っていません」
「……本当に?」
時雨さんが僅かに顔を上げて尋ねる。
「そうじゃなかったら学校になんか来ませんよ。それに、時雨さんが助かるなら僕だって力になりたい」
すると時雨さんは、信じられないと言った表情で僕を見上げた。
「何を言っているの? 私に『魔女』の呪いをかけたのは貴方でしょう?」
「だから違いますって! そりゃ最初は確かに時雨さんのことを恨んだし、一度は死のうとまでしたけど……でも、今はもう誰にも苦しんで欲しくない」
「……貴方、この数日の間に何があったのかしら? まるで別人みたい」
時雨さんが怪しむ様にこちらを覗き込む。
一週間前の僕なら緊張でドキドキしただろうけど、今の僕は彼女の黒真珠の様な瞳を真っすぐに見据えられた。
「まあ何というか、神様のお告げがあったんですよ。命を大事にしなさいって」
「命を大事に……? 『ラプラス・システム』がそんな抽象的なお告げなんかするかしら?」
時雨さんは首を捻ったが、僕はすぐに話を本題に戻した。
「とりあえず、時雨さんの今の状況を詳しく説明して下さい。それが解決の糸口になるかもしれない」
「貴方、あんなことがあったのに本当に私を助けてくれる気なのね……呆れました」
時雨さんはそう嘆息しつつ話してくれた。
「事故に関しては学校のポータルサイトで記事になっている通りよ。何も不審な点なんてありません。飲酒運転、老朽化した非常階段の崩落、そして落下してきた鉄骨との接触。警察が調べているけどいずれも事故、過失によるもので事件性は一切皆無だそうよ」
「まずその飲酒運転の件が気になります。そもそも『ラプラス・システム』はどうして飲酒運転を未然に防げなかったんでしょう」
時雨さんが訝し気に目を細める。
「『ラプラス・システム』は確かに完璧な未来予測で日本を統括してるけど、全てを管理してるわけじゃないわ。完全に行動を支配すれば、必ず大衆の不満は爆発する……だから『ラプラス』は意図的に監視の目をある程度緩めている。それが『ラプラス・システム』の『半黙認統治制』――そう習ったでしょう?」
「確かに。でも、飲酒運転の結果で万が一人が死ねばそれは『黙認』して良いレベルを超えてる。加害者は捕まった時なんと供述してましたか?」
「確か前日に会社の飲み会があって……そこで同僚にいつもよりたくさん飲まされて酷い二日酔いだったとか……」
そこで時雨さんがハッと口元を押さえた。
「まさか……そんなことって……」
僕も確信を得て頷き、それを口にする。
「間違いない……」
「『世界』は――『ラプラス・システム』は、あらゆる人間を利用して時雨さんを殺そうとしている」