昨夜、俊に振られた私は、ヤケ酒を飲もうと、テーブル席からカウンターに移動した。

そこで、たまたま隣に座ったのが、彼、菱井 涼(ひしい りょう)だったそうだ。

私は、彼に愚痴を吐き出しながら酒を飲み続けた際に、この結婚情報誌のピンクの婚姻届で入籍したかったとこぼした。

彼は、じゃあ、入籍しようと言い、その場で婚姻届を記入し、そこに居合わせた別の客2人に証人になってもらい、婚姻届を書き上げた。

そうして、そのままタクシーで役所に提出して、彼のマンションに帰ってきた。

ということらしい。

……が、意味が分からない。

「例え、私が結婚したかったって言ったと
 しても、普通、初対面の人間と
 結婚しますか?
 所詮、酔っ払いの戯れ言ですよね?
 聞き流せばいいじゃないですか」

「俺も結婚したかったんだよ。
 最近、めんどくさいお嬢様との縁談がきて
 困ってたからな」

と彼はめんどくさそうに答える。

「は?
 初対面の私と結婚するくらいなら、身元の
 しっかりしたお嬢様と結婚する方が、
 よっぽどマシじゃないですか!?」

私は抗議するけれど……

「マシかどうかは、俺が決める。
 とにかく、俺たちは、結婚したんだ。
 莉緒は、今日から菱井莉緒。
 引っ越し業者も手配しておいたから、
 午後には莉緒の荷物が届くはずだ」

と取り付く島もない。

しかも、引っ越しの手配済みだなんて、手際が良すぎる。

「で、でも、知らない人と結婚するなんて」

「知ってる人間ならいいのか?
 お前は、知ってる人間なら、バツイチの
 ハゲ頭の上司とでも結婚できるんだな?」

「う…… それは…… 」

一瞬にして、横髪をバーコードにしてハゲ頭を隠す課長の顔が浮かぶ。

絶対にあり得ない。

「今、選べ。
 脂ぎった知ってる親父と、俺、どっちが
 いい?」

「それは……
 菱井さんですけど…… 」

あんな横暴なセクハラ親父、剥げてなくても願い下げだ。

「ふっ…… 」

菱井さんは、微かに笑うと、

「いい子だ。
 ということで、これからよろしくな、
 俺の奥さん?」

と私の頭を抱き寄せた。

「ただし!
 莉緒ももう菱井さんなんだからな?
 俺のことは、涼って呼べよ?」

そう言って、私の頭を撫でる手が、妙に優しくて、心地良くて、さっきまで痛かった頭も全然痛くなくなるから不思議。

甘やかしてもらうって、こんなに幸せなんだ。

今まで、甘やかす側だったから、知らなかった。

「……はい、涼さん」

私がそう呼んだ瞬間、涼さんは、ふっと嬉しそうに微笑んだ。

何?

初めて見たその優しい微笑みに、私の胸はきゅん…と音を立てた……気がする。








 そんな私が、真っ白なウエディングドレスを身にまとい、この横暴な俺様王子の元へ駆け寄る日が来るのは、もう少し先のお話。



─── Fin. ───




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