…ではない。
「れ、伶士っ…!」
「伶士さま!」
え…?
心配そうな表情…ではなく。
三人揃って、何かおぞましいモノを見たかのように、恐怖に満ち溢れた表情を俺に向けている。
一歩後退りしながら。
え?え?何で?
その三人の中でも、特に恐怖に満ち溢れた表情をしているのが…親父。
目玉ひんむいて、微妙にガタガタと体を震わせている。
「忠晴…。菩提(ぼだい)だ…」
「だ、旦那様…!」
「菩提を…菩提を今すぐ呼べぇーっ!!」
「し、承知しましたぁっ!」
親父に怒鳴られて、その場を走って離れる忠晴。
親父も一緒になって、その場を離れていく。
「…え?え?な、何?何?どうしたの?」
「伶士…」
母親が、そこにある手鏡を持って、恐る恐る俺に渡す。
何のことやら…と、首を傾げながら、手渡された鏡を覗いた。
しかし、それは。
騒動の始まり。
「…う、うわああぁぁっ!な、何だこれはあぁぁっ!」
俺の顔には…。
唇のカタチをしたピンク色の口紅の跡…。
いわゆるキスマークが、俺の口元を中心に、無数に付けられており。
いつの間にか引き裂かれ開いていた、シャツから見える胸元にも、ルージュのキスマークがびっしり…!
何だ…これは。
…俺に、何が起こったんだ!
まさか、これが。
悪霊の仕業だとは。
この時の俺には、想像もつかなかったのであった…。