吹っ切れたとは言っても、それは全てではない。
少しでも思い出してしまうと、次々と思い出されてしまうものだ。
あの時の痛みも。
…その件があった数日後。
目の前にが闇となり、混沌としていた俺だったが。
ユースの仲間とたまたま見に行った高校サッカー予選の準決勝の試合で、瞳真くんと再会し。
学園を辞めて公立高校への受験することを決心する。
…一筋の光が差して、闇が消え去った。
そんな受験勉強に勤しんでいる中、学年の女子の立ち話を偶然聞いてしまう。
『ちょっとちょっと!橘くん、北桜辞めて公立受け直すって!』
『えー!ひょっとして、お兄さんに彼女取られたから、北桜にいられなくなったとか?ほら、あの宮内薫…』
『うわっ!宮内も弟から兄へハシゴとか…鬼畜!』
『でも確かに同じ橘グループの人間なら、イケメンなだけの弟より、同じイケメンかつ開校して以来の成績優秀者な兄の方に行くよねー?』
『イケメン一人いなくなるー!残念よねー!あはは!』
…そんな理由で辞めるんじゃないのに。
本人がいないのをいいことに、ありもしない話まで枝葉付けてくる。
でも…いろいろ重なった状況だから、仕方ないと言えばそうだ。
「…きっとみんな、俺を負け犬だと笑ってるだろうな」
無意識に感情をこぼしたことに、ハッと気付いて、後悔の念にかられる。
俺、何言って…。
また泣き言を…。
こんなことを言うつもりはなかったのに。
すると、なずなは「あははっ」と笑う。
「…笑いたい奴らには、笑わせておけばいいさ」
そう言って、いつもの不敵な笑みを向けられる。
「…何だそれ」
「だって、伶士は今幸せなんだろ?やりたいサッカーが出来て」
「そりゃ…もちろん!」
今の高校に来て、仲間と呼べる人が出来た。
自分の言いたいことも言えて、素直でいられる。
みんなは、親父や兄貴じゃなく、俺自身を見てくれる。
腹の底から笑うことが出来るんだ。
「だったら、そのまま風に吹かれようぜ?あっちはあっち、こっちはこっち」
「…何だそれ」
「まあ、こっちはこっちで楽しくやりゃいいってこと。なーんも気にすることはない!」
そう言って、勝手に一人でガハガハと豪快に笑っている。
ったく、何なんだおまえは。
本当に、掴み所ねえな。
でも…何でだろうか。
この話、今まで話そうという気になれなかったのに。
誰にも話したことがなかったのに。
こいつ、なずなにはいとも簡単に話してしまった。
自分の思ってること、素直に話せてしまった。
最初の印象からじゃ、考えられない。
『笑いたい奴らには笑わせておけばいいさ』
何でだろう…。
あ…もしや、これは。
(…お泊まり会効果?)
なんちゃって。
でも、俺のヘタレた過去話を黙って聞いてくれて。
『だったら、そのまま風に吹かれようぜ?』
ちゃんと、答えてくれて。
嬉しかった。
そして、あんなに真っ黒い感情を抱えていたことなのに。
いざ話してみると、心がスッとして。
案外、何でもなかったことにビックリしている。
『大丈夫だ…』
…大丈夫だったんだ。俺。
そして、高揚してるのか、安堵なのか。
なぜか胸が高鳴ったままだった。
「…そろそろ寝るか」
「うん。おやすみー」
鼓動は止まず、そのまま。
★★★
…あれから、何日夜が明けたか。
バケモノの出現も音沙汰なく。
そして、今宵も。
「…で、何でギャルやってんの?」
俺の部屋で。
俺は自分のベッドで、なずなは床でミノムシ寝袋で。
「それは愚問だろ。『ねえ、なずな?何であなたはなずななの?』って聞いてるのと同じ」
「ロミジュリか」
お泊まり会トークが繰り広げられる。
「まさか。生まれた時からその顔じゃねえだろ」
「生まれた時からこの顔ですぅー」
「おいおい…」
この質問、一昨日もした。
同じような返答が返ってきて、最後に『バカにするな!』と怒られたけど。
俺的には納得がいかない。
だって…ギャルメイクより。
今のこの顔、すっぴんの方が断然良い。
というか、好み。可愛い。
このハーフモデルばりの目の大きさ、鼻の高さ、ふっくらとした唇、顔立ちのバランス。
絶対、良いと思う。
母さんだって『なずなさん、絶対ナチュラルメイク似合うわよ!』と、なずなのメイクを手解きしたがっていた。
やっぱり。やっぱりな。
なのに、何故あえてクレヨンで塗りつぶしたような化粧をしてるのか。
わからない。
そんななずなの綺麗なすっぴん顔をチラッと横目で見ながら思う。
なずなは俺と話しながらも、スマホをいじって視線は画面にあった。
「それに、このメイクだと仕事はかどるんだ」
「………」
何て返したら良いのか、次の返答に困った。
メイクで仕事が…?
「だって陰陽師の仕事だろ?メイク関係あんの?」
「…これは、メンタルの問題でさぁー」
「メンタル?」
「女ってさ、化粧して可愛い服着てると、不思議と自信が沸いてきて、強くなれんのよ」
「へぇ…」
おしゃれすると、自分に自信がつく。
っていうこと?
だから、なずなはギャルやってんの?
ギャルメイクで自信つくと、強くなれんの?陰陽師パワー倍増すんの?
ぶっちゃけ、よくわからない。
「ギャルメイクしてると、動きも冴えるんだよな。三つ編み眼鏡だと恐らく全ての力半減」
「三つ編み眼鏡…」
なずなの三つ編み眼鏡を想像してしまった。
違う意味でセンセーショナル…!
似合わなっ…。
笑いを吹き出しそうになり、思わず枕に顔を埋めてしまう。
「…おい。何笑ってんだ」
「い、いや…別に」
「ギャルバカにしてんじゃねえぞ!ったく…」
結局は同じオチでした。
家ではこんなに仲良く毎日お泊まり会をしているけど。
学校では、一切話をすることはなく、顔を合わすことのない日もある。
チカに用事があって、6組に顔を出しに行った時に、教室にいるなずなを何回か見かけた。
ギャルの友達であるみっちょとむーが来ていて、何やら楽しそうにお話をしていたり。
…でも、机に顔を突っ伏して爆睡している時の方が多い。
…眠いのか?
先日の件を絡めた憶測が、頭に過る。
まさか、また寝ていないのか?
俺達のお泊まり会トークは、日付をまたぐ頃には終了してるはずなんだけど。
でも、実は俺がのうのうと寝てる間にも、バケモノがやってきていて。
それに対応していたとか?
それとも、その俺を護る何たらかんたらは実はまだ続いていて。
寝てると見せかけて、実は寝ずの番なんだろうか?
俺は布団で寝てるのに、ヤツはミノムシ寝袋で寝ていることに気が引けたこともあって、『布団持ってくればいいじゃん』と話したことがあったが。
『布団だと熟睡しちゃうんだよ!』と、頑なにミノムシ寝袋を使っていた。
こいつ、いつしっかり寝るの?
いつ布団で寝られるの?
そんなことを考えると。
俺のために申し訳ない…と思ってしまい。
気になって気になって仕方なくなるのだった。
あの夜這い以来、バケモノは来ない。
もう、大丈夫なんじゃないか?
…とは、思っていても。
バケモノの出現とは逆に、なずなが電話している回数が多くなった。
相手は恐らく菩提さんだろう。
「…え?…どこにもいない?…じゃあ、ひょっとして、剣軌の予測Bのセン?…」
本日は、水曜日。
学校も部活も終わって家に帰ってきたら、すでになずながリビングにいた。
電話で話している最中だ。
「…札幌近郊しらみ潰しに当たってよ。…病院だけじゃないよ?あの、その…ホスピタルってやつ…え?それ病院って意味なの?ああぁぁ…」
ソファーに座っていたが、立ち上がった。
スマホを耳に当てながら歩き出していて、廊下に出ようとする。
帰ってきた俺に気付いたのか、サッと手を上げてそのまま通り過ぎていった。
どうした。
まるで、キャリアウーマンのように忙しくしてるぞ。
しかし、そこで玄関の方から物音がする。
「旦那様がお帰りになられました」
そう言って、忠晴が玄関へと足を運ぶ。
親父か。
帰り早いな。
廊下でちょうど、なずなと鉢合わせている。
「おっ、なずな」
「…あ、しゃちょー帰ってきた」
廊下で何やらこそこそと話をしている。
その会話の内容はここからは聞こえない。
何だろう。
「…ちょっと来い」
「あい」
そうして二人は、こっちに顔を出すこともなく、そのまま廊下を歩いて行ってしまう。
親父の書斎に行ったんだろうか。
いったい、何の話をするんだろう。
俺のこのバケモノの件?
…いやいや、顧問陰陽師だから、俺の件以外にも話はあるはずだ。
いったい何を…。
…気になる。
「…親父と何話してたの?」
本日で5回目のお泊まり会トークの始まり。
ベッドに転がったまま、さっきから気になっていたことをズバリ聞いてみる。
なずなは、もうお馴染みミノムシ寝袋の中でうつ伏せでスマホをいじっている。
「…え?…仕事の話」
ためらいもなく、あっさりと答えられた。
「あ、そう…」
と、答えるしかない。
話、発展しなかった。
そこでLINEの着信が入ってきて、手にしていたスマホの画面を見る。
「…伶士ってさ、しゃちょーのこと気にしてるよね」
「…えっ?!」
油断していたところに、思わぬ質問を投げ掛けられ、ビクッと肩を震わせてしまった。
なずなの顔は、スマホの方に向いていながらも、いたずらそうに笑っている。
何だ急に…!
「…前に言ってたよね。『俺が出来の悪い息子だから親父に過保護にされ過ぎている』とか『いちいち首突っ込んでくる親父がウザい』とか」
「あ、うん…」
「あと『俺は期待されていない』だとか『兄貴と比べられている』とか?」
「そ、そうだよ!…だから何だよ!」
こいつ、痛いところリピートしやがって!
「…自己評価、低いなー?」
「は?」
「だって伶士、高校では成績ダントツ学年トップなんだってな?みっちょに言われるまで気付かなかった」
「い、今はそうだけど北桜では…」
「星天も一応進学校だけど?…それに、学祭のミスコン三位?これもみっちょに言われるまで気付かなかった」