俺のボディガードは陰陽師。



「え?」

「昨日あれだけボッコボコにしてやってから、あちらさんもすぐにイタズラしてこないとは思うから。大丈夫」

「あ、あぁ」

それは、昨日のことか…?

今、少しだけその事ぶっ飛んでたわ。

あんなに恐い思いして、散々泣いたくせに。

おっぱい枕のせいで(…)。



「…でも」



ニッとして不敵な笑みを見せて、そのまま目の前から立ち去っていく。



「…何かあったら、すぐ駆け付ける」



後ろ姿を見せたまま、右手でピースをしてそのままドアの向こうへと消えていった。

ドアがバタンと閉まり、向こうでは足音が聞こえる。

またドアが閉まる音が小さく聞こえて、本当に自分の部屋に戻ったようだ。




(………)




何なんだ?

特に何も、突っ込まれなかった。

それどころか、心配された。



この朝まで一緒に寝ていたという事実を「あー寝ちゃった」で済ませて、去ってしまった…。



これは…。

特に何も触れないでくれたことを喜ぶべきだろうか。

それとも、何か物申すべきだろうか。

…物申す?

俺が物申される立場だろうが!




あぁ…。

わかんない。

掴み所、無さすぎる…。




なぜだか、深く長く息を吐いてしまった。







「伶士さま、ご存知でしたか?」

「…え?何を?」



本日は土曜日で、午前中だけ部活。

朝、学校へ向かう途中の車の中で、忠晴にふと問い掛けられる。


ご存知って…何?



「なずなさん、我が家に住み込んでから、夜ほとんどお休みになられておりません」

「えっ…?」



寝て…ない?

何で?



「ま、まさか…何で?」

「伶士さまの身をお守りするためだそうです」

「…え?」

「正確には伶士さまをお守りするための結界とやらを夜な夜な作っていたそうです」

「け、結界?」

「…どうやら、伶士さまの体にまとわりついている呪いの気…障気とやらは、夜になるとその強さを増して暴れるそうですよ。それが伶士さまの体調不良の原因だそうです」

「体調不良の原因?」


そういや、なずなが家に来てからは。

寝起きに感じていた頭痛や体のダルさは消えていた…。

それは、なずなが夜な夜な寝ずに作業?していたからなのか?




「それを少しずつ抑えて取り除いて、なおかつその結界とやらでお守りする…という作業を夜な夜な続けていたそうです」

「え…」

そんなことをしていたなんて…初めて聞いた。

知らなかった…。



「…でも、その作業は昨晩一区切りついたようで、今お休みになられてるようです。…伶士さま、体調どうですか?」

「体調?良いけど…」

「そうですか。それはよかった」



…だからなのか。

学校来ても、ずっと寝ていたのは。



俺のために。

俺を…守るために。



(ちっ…)



何だよ。

何なんだよ。



何も言わないで、隠れてそんなことしてるなんて。

俺のために、ほとんど寝てないなんて。

たとえ、金のためとはいえ。




何なんだよ。

このよく分からない、照れ臭い感じは。

同時に申し訳ない気持ちにもなるけど。



そんな俺。

カッコ悪く愚痴って泣いた挙げ句。

おっぱい枕…。



俺、最低…。



軽くずーんと落ち込む。

いや、軽くじゃない。

だいぶ、ずーんと落ち込む。



本っ当に、何なんだか。

掴み所の無い女。










★★★







「お帰りなさいませ…伶士お坊っちゃま…」

「…だから、それはやめろってんだろが」




何だ何だ。

部活が終わって、颯太やチカとイオンでちょっとメシ食べて。

家に帰ってくるなり、じとっとしたこの空気。

ずーんと落ち込んでいる。

何だ何だ。



俺が家を出る時に、部屋で休んでいたはずのヤツは今。

ちゃんと着替えて、メイクもしていて。

我が家のリビングの陽当たりの良い隅っこで、背中を丸めて何やらせっせと作業をしている。

私服姿、初めて見た。

…だなんて思いながら、それとなく近付いて何をしているのか覗き込んでみるが。



(………)



え?



ヤツ、鈴代なずなの周辺には。

なぜか、段ボールが二つ。

その中には…なぜか、割り箸?



大量の割り箸と、その袋。

『おてもと』と書いた細長い袋。



それをせっせと袋詰めしている。


え…内職?!


人んちのリビングの隅で、内職?!

そんなに金に困ってんの?!




「お昼前に、菩提さんがお見えになったのですよ」



俺の後ろを通り過ぎる忠晴が、ボソッと呟く。



「…菩提さん?」

「経過報告だそうです。そして、それを置いていきました」

そう言って、指を差したのは、その内職段ボール。

へぇ…。



そして、忠晴の話だと。

ヤツは相当怒られていたらしい。





『…何?その格好?』



まず最初に。

寝起きの姿を怒られたらしい。

ボサボサの頭にすっぴん。

下着のような部屋着姿。



『…ここ、自分んちじゃないんだよ?わかってる?そんな下着同然の姿、失礼だと思わないの?ノーブラで歩かれたら逆に困るでしょうが。誰も見たくないよ、そんな姿。身だしなみは人間の最低限のマナーだ』

『………』

『…綾小路先生呼んでくるよ』

『ダメー!』


そして、着替えてこい!と怒られる。



だろうな。

そりゃ怒られるわ。

綾小路先生、通いじゃなくお呼び出来るんですか。

っていうか、誰。



そして、経過報告。

昨晩のバケモノ出現について検証。



『また駆け付け遅かったの?…また結界設置に手間取った?何をしているんだおまえは』

『駆け付け遅くて獲物がクライアントに触れた?…何そのイージーミス?言語道断だ』

『その補助術の下手くそさ、何とかならないの?』

『交渉も下手だ。それに調子に乗って、そんな至近距離で朱霊華ぶっ放すって何なの。状況に見合った術選び出来ないの?』



くどくどくどくど…検証というか、お説教。



ずーんと落ち込むなずなを、忠晴的にとても可哀想で見ていられなかったようだ。

あまりにも可哀想だったので、菩提さんが帰った後、好物のステーキを焼いてあげちゃったぐらい。



そして、ずーんと落ち込みながら、ずっと黙々と内職を続けて今に至る。

だから。何なの、それ。

おてもと?

ギャルが内職だなんて、そのギャップ何?


「ううぅぅ…減俸される減俸される…カード払い…」


内職が終わったのか、段ボールを二箱重ねて軽々と持ち上げ、そのままリビングを去ってしまった。

ううぅぅ…と、悲しみのうめき声がいつまでも聞こえている。

何なんだ。アイツは。




「伶士さま、なずなさんは悲しみの最中にあります。お優しくしてあげて下さい」

「………」


悲しみの最中って…。

減俸とカード払いの悲しみか?

それに、お優しくって何だ。

まるで俺が冷酷非道な人間のような言い方してくれちゃって。



まあ…。

あの部屋着姿を怒られたのは、当然ではあるとは思うけど…。



でも、昨晩のバケモノ出現の件は。

アイツが駆け付けてくれたおかげで、何だかんだ俺の身は助かってるんだ。

その陰陽師の言う経過どうこうはよくわからないが。

でもそれを、俺を助けるまでの過程のことを怒られるのは…。



何だか、可哀想かな…とも思う。



《…何かあったら、すぐ駆け付ける》



それに、俺を守るために夜な夜な作業(夜なべ?)していたんだろ?

学校であんなに爆睡するぐらい、ろくに寝てやしなかったんだろ?



一生懸命やってくれて…。



(………)



…いや。

いやいやいや。

ヤツは仕事でやってるんだ。

プロなんだ。



俺のために…とか、そう勘違いしてはいけない。

イタイ奴だぞ、俺。



お優しく、はしますから。






「…あ、伶士さま」

「…なっ、何?」


ふと考え込んでいる中、急に話し掛けられ必要以上にビクッとしてしまう。

忠晴はリビングの壁掛け時計を見上げていた。



「伶士さま、今日は土曜日です」

「へ?それが?」

「ただいま15時25分でございますが。後10分で始まってしまいますよ?」

「…あっ!」



…しまった!

最近の土曜日は部活だの試合だので、この時間に家にいることが出来ず、録画で夜こっそり見ていたが。

今日は、リアルタイムで見られる!



「お、俺、着替えてくる!」

「伶士さま急いで下さい!のむヨーグルトご用意致します!」



ケーブルテレビの動物専門チャンネルにて、毎週土曜日、15:30放送。

『ペンギンチャンネル』が…!

略してペンチャン。



急いで部屋に戻り、慌てて着替えて速攻リビングに戻る。

忠晴が持ってきてくれたのむヨーグルトを片手に、ソファーに深く腰掛け。

急いでテレビをつけると…もう、始まっていた。



(おおぉぉ…!)



久々のリアルタイム放送に感動する。

ペンギンがいっぱい、集団で氷の上を歩いている映像が映っていた。

癒される…!



…え?

ペンギンチャンネルってどんな番組かって?


世界各国の野生のペンギンの映像を30分ずっと流し続けるだけの番組。

たまに、まったりとしたナレーションが流れる。

30分、ただペンギンしか映っていない番組。

普通の人なら見ていて10分と持たず、眠たくなる番組。

無類のペンギン好きである俺のような輩しか喜ばない、かなりマニアックな番組。



俺はもう、この番組をかれこれ何年も見続けている。

なぜなら、ペンギン大好きだから。



小学生の時。

旭川の動物園で、ペンギンが人の歩く道を集団でお散歩している姿を見て、ぶっちゃけ萌えてしまった。

それ以来、ペンギン大好き。


ペンギン、可愛いんだよな。

あの立ち振舞い、フォルム、歩き方。

見ているだけで癒される。

この番組を見ていると、本当に心が生き返るよ。


テレビ画面には、イワトビペンギンがアップで映っている。

なんて凛々しい顔とヘアスタイルなんだ。

癒される…。



「伶士さまは本当にペンギンがお好きですね」

「………」



でも、それ恥ずかしいから他の人に言わないで。

ここまでマニアックだとは、誰にも言ってない。



だが…。



「…おっ?伶士、何見てんの?」



…来るな!