そして、こっちにやってきた。
「…それに、こんな早い時間に学校行ってもなぁ?何もすることないし?…だから、お坊っちゃまは先に学校行ってくれ」
お坊っちゃま…。
一緒に学校行かなくても良いと言われたのは、有難いが。
その一言は、カチンとくる。
「…鈴代、ちょっと」
「ん?」
母さんから離れて、鈴代なずなを廊下に誘い出す。
…話を聞かれないようにするため。
鈴代は黙って俺に着いてきた。
母さんが向こうに行ったのを見計らって、話をする。
「…あの、まず『お坊っちゃま』はやめろ」
「…は?」
「あと…」
先日、口止めの話をしておかなかったことを思い出して、今ここで言おうと思ったのだ。
それは、俺がひた隠しにしていること。
普通の学校生活を送るための、秘密。
「俺が橘の息子だってことは、他の生徒に一切口外しないでほしい」
「…あ、そう」
表情変えずに、じっと見つめられる。
つけまつ毛で更に増した力強い目で。
ドキッとさせられて、怯みそうになるけど、話は続ける。
「…高校ではおまえの他にあと一人しか知らないんだ。そして、これからも秘密にしてくつもりだから。言わないでほしい」
「秘密?何で?」
「円滑に普通の高校生活を送りたいからだよ」
「円滑?…へぇ?」
そこでなぜか、フッと鼻で笑われた。
…は?
何で笑う?
バカにされたような気がしてならず、イラッとしてしまった。
「…何だよ。何がおかしいんだよ」
思わず睨み付けてしまう。
しかし、ヤツは「うしし…」と笑っていた。
前から思っていたけど、何だ?その笑い方。
「いや。あんた普通のDKでしょ。なのに家が金持ちであることあえてわざわざひた隠しにする必要なくね?なんて」
「…あぁ?!」
「神経質ですな?と私は言いたいのさ。案外バラしても何でもなかったり?」
「し、神経質?!な、何だと!」
「まあ?私は一応プロですので守秘義務がありますから?お坊っちゃまが口外するなと仰るのなら口外致しませんが?」
この女っ…!
「だから、お坊っちゃまはやめろって言ってるだろが!」
「うしし…いってらっしゃいませ。イケメンまつ毛お坊っちゃま?」
「…だから、やめんか!」
この女、やめろってんのに!
あえてわざと連発しやがって!
…イケメンまつ毛お坊っちゃまって何?
陰陽師としては、信頼するけども。
この偉そうでデリカシーのない、掴み所のない性格っていうのは…無理だ。
神経質?お坊っちゃま?…どこまでもバカにしやがって!
腹立たしい…!
この女、無理!
ギャルだし。
…こうして、陰陽師ボディーガード生活だけではなく。
24時間警護の同居生活も幕を開けるのだった。
しかし、そこは。
やはり、この女。
波乱だらけ。
★★★
(まったく…)
なぜか、イライラさせられるわ。
あの女…鈴代なずなに。
《おまえが私のクライアントである以上、何があっても私はおまえを守る》
《身体だけじゃない。心も価値観も、大切にしてるもの…》
《全てを…護り通します》
…そう言われて、心打たれたのは言うまでもない。
なのに。
《いや。あんた普通のDKでしょ。なのに家が金持ちであることあえてわざわざひた隠しにする必要なくね?》
《神経質ですな?と私は言いたいのさ。案外バラしても何でもなかったり?》
《うしし…いってらっしゃいませ。イケメンまつ毛お坊っちゃま?》
イケメンまつ毛お坊っちゃま…ぬおぉぉっ!
ムカつく!
あのふざけた女、よくもふざけたこと抜かしやがって。
普通のDKは、俺にとっては褒め言葉だが。
ひた隠しにする必要はない?神経質?
…おまえに何がわかるんだ!
『橘の御曹司だぜ?…一緒にいりゃ何か恩恵あるかもな?』
『橘グループの息子だよ?彼氏とか超鼻高いじゃん!仲良くしとこ?』
おまえに…何がわかんだよ。
「そういや伶士、今日は元気そうだね」
「ん?そうか?」
昼休みも中盤。
俺達男子の集まりの中に、何気に加わっていた美森がふと俺の顔を見る。
「最近試合続きだから疲れてるのかな?って思ってたけど、今日は何だかスッキリした顔してる」
「そう?あんまり自覚ないんだけど…」
それ、母さんにも言われた。
でも…確かに、今日はいつもの頭痛やダルさはなく、体が軽い。
生活パターン、睡眠時間や食べたモノとか、普段と一緒なんだけど。
何の違いだろうか。
考えてみるが、皆目見当がつかない。
すると、集まりの中にいる一人、野球部の陣内が「あっ。そーだ」と声を上げる。
「そういや伶士。成績学年トップのテスト対策ノート貸してくれー。英語」
「英語?貸さなかったっけ?」
机の中を探していると「いやいや」と、颯太に背中を叩かれる。
「おまえ、3日ぐらい前にチカに貸してたろ」
「…あ、チカに。そうだった」
「おいおいしっかりしなさいな」
「返してもらってくる」と席を立つ。
陣内は「すまないねー。たのんますね」と俺に手を合わせていた。
そうして、チカのいる隣の6組へと足を運ぶ。
チカ…とは、女子じゃない。
周人と書いて、ちかひと。
同じサッカー部のヤツ。
6組を覗くと、丁度入り口の傍にチカがいて。
「ノート返して」と簡潔に伝えると「ほいほいごめんねー!」と、チカは自分の席に戻り、カバンを開いている。
そんなチカを目で追っていたが、教室の奥が騒がしいことに気が付いた。
ひとつの机を囲んでいる、髪、メイクが派手で、スカートが短すぎるギャル二人。
その机には、顔を伏せてぐっすりと寝ている様子の女子。
「なずぽー!起きろ起きろー!」
「ったく、寝腐って!朝まで男と一緒だったんかい!」
寝ているヤツの耳元で叫んだり、頭をバシバシと叩いたり。
ギャルは騒がしいし、やることエグいな。
と、いうか。
寝てるヤツ。
俺の陰陽師用心棒、鈴代なずなだ。
そうだ。6組だっけ。
「おーい!なずぽー!もう昼だぜー?いつまで寝てんのかなー?あー?」
「っつーか、おまえをそこまで寝かさなかった男とのワンナイトな話、聞かせてくれー!」
「おまえ、昨日の夜どこにいたのよー!」
鈴代なずなは、昨日うちにいたぞ。
残念ながら、おまえらを楽しませるようなワンナイトな話は全然なく。
あれから親父と話をした後、部屋に戻ったはず。
11時頃、足音が聞こえていた。
「なずぽー!おまえ何のために学校来てんのよー!寝るためか?寝腐って夜遊ぶためか?」
「あーうらやま!なずぽおまえ美人だから男いっぱい寄ってくんもんな!あーうらやま!人気分けて!」
「っつーか、起きろ!つまんねー女!」
しかし、あれだけ頭をバシバシ叩かれても一向に起きる様子はないらしい。
なぜ眠い?
そのギャルたちの騒がしい様子を遠くから見ていると、チカが「あはは」と笑いながらやってくる。
「ギャル軍団うるせーだろ?ああやって、いつもなずぽよのこと起こしにきてんの」
「へぇ…」
「しかし、なずぽよ今日は寝てる姿しか見てねえ。1時限目からずっと寝てるぞ。ホント夜遊んでたんじゃね?」
「………」
いや、マジで遊んでねえぞ?
だって、ずっとうちに…。
だなんて、チカには言えねえ…。
ホント。部屋に入ってから、何をしてたんだか。
そんなことを思いながら、今一度鈴代の方をチラッと見る。
だがしかし、周りに取り巻いているギャルの一人と目が合ってしまった。
「…ひゃぁっ!」
えっ…!
目が合った途端、変な声を上げられて、こっちも驚いてしまう。
な、何?!
変な声を上げたギャルは、俺の方をじっと見ている。
あわあわとしてるのか、でも目をキラキラさせて顔が緩んでるのか?
「あぁっ!目が合った…なぜかこの教室にいらしてたさわやか自然百景王子様、橘伶士殿と目が合った…!きゃー!」
…えっ!
思わず目を逸らしてしまう。
「私の王子の伶士殿、私と目が合った!見てた!合った!」
「みっちょ自意識過剰だわそれ。さわやか自然百景王子様は、単にこっちを見ただけみたいな?うわー」
「ちゃうちゃうわ!確かに目が合った!見てた!私をおぉぉぉ!バイブスマジいと上がりけりぃーっ!」
「それジャニ系のライブでよくあることだから。ちょっと振り向いただけでその周辺の20人ぐらいが『私を見た!』って豪語する現象」
そんなに騒いで…。
俺、何かいけないことしたみたいな気持ちになってる。
チカは「おー」と声をあげていた。
「おーおーそうだ。なずぽよの友達みっちょは伶士のファンらしいぜー?いつもなずぽよのとこに来ては、伶士はイケメンだのさわやか自然百景だのモデル体型だのまつ毛長いだの歯が白いだの騒いでる」
「………」
みっちょ…ここで出てきたか。
「で、もう一人のあの黒ギャルはむー。川村だから、むー」
むーも出てきたぞ。
黒ギャル?肌が日焼けしたように黒いからか?
「何でそんなに詳しいの?」
「俺ギャル好きだもん。たまに話すんだわ。みっちょに伶士の情報流してる。身長180センチあるとか、伶士の好みの女のタイプは某ハーフモデルとか、あと夏休み前に富岡莉緒とヤッたとか。みっちょ狂ってたぜ。牛丸の肉食い放題でヤケ食いしたって」
「………」
…その情報を横流ししたのは、おまえか!
そんなこともありながらも。
昨日のような惨事は起こらず、本日の学校生活を無事に終えた。
学校で、鈴代なずなとは言葉を交わすこともなく。
けど。
部活を終えて、家に帰ってきたら…。
「おぉぉぉ!素晴らしい!素晴らしいモノがあるよおぉぉぉ!…あ、お帰りなさいませ。お坊っちゃま」
「…だから、それはやめろってんだろが!」
…いる。