愛溺〜偽りは闇に堕ちて〜




少し足早に靴箱へと目指す。

一階に全学年の靴箱が集結しているため、特に要注意の場所である。


「ここでキスして誤解される展開ってアリかな?」
「…っ!?」


ここはさっさと履き替えて教室に向かいたいところだったけれど、良からぬことを言い出した瀬野。

やけに近い距離で私に質問してきた。


「ちょっと何言ってるかわからないかな…あはは」


完全に作り笑い。
側から見れば困っているように見えるだろう。

大丈夫、私はやらかさないぞと。


「本当に手強いね、川上さん」
「……ありがとう、なのかな?」


もうゴールまであと少し。

けれどもし教室に誰もいなかったら、それはそれで危険である。


せめてひとりでも誰かいてくれることを願い、教室がある2階に着いたけれど───



「あーあ、着いちゃったね。
じゃあ俺はここで」

「……えっ」


瀬野は教室に行く前に私に別れを告げる。
あまりにも予想外だったため、思わず驚いてしまった。


「何、もしかして俺も教室に来て欲しかった?」
「……瀬野くんは今からどこ行くの?」

瀬野の言葉を完全に無視して質問する。
別の目的でもあるのだろうか。


「川上さんと教室でふたりきりもいいけど、いつも早くに来てるクラスメイトに不審がられるかもしれないでしょ?

だから俺はいい時間になるまで相談室にいようかなって。ついでに今日の宿探しもしないと」


宿探し。
その言葉にドキリとしてしまう。

今日も瀬野は大人の女に泊めてもらい、お代として体を重ねるのだろうか。


毎日毎日そんなやり方をしてまで家に帰るのが嫌で。


それでも辛くないのだろうかと。

瀬野自身、体を重ねることに悦びを感じているわけではなさそうだ。




「川上さん?」
「……他に頼れる人はいないの?」

「えっ…?」

「体の関係がなくても泊まらせてもらえる相手。
男の人でもいいし」


瀬野は顔が広そうだ。
頼めば泊まらせてもらえそうだけれど。


「……ないよ、そんなの」

彼はハッキリと否定した。
少し素っ気なくも聞こえるのは気のせいだろうか。


「仲間とか、そういう人たちには?」


一応周りを見て話しているけれど、念のため濁して話す。

瀬野にはちゃんと伝わっているはずだ。


「弱さなんて見せられないね、絶対」


笑ってるけれど笑ってない。
中身のない笑顔を浮かべる瀬野。

まるで空っぽのようで、見ている私の胸が締め付けられるようだ。


「そう、なんだ…」

何を聞いているんだと、少しばかり後悔が襲う。
この質問が瀬野の傷をえぐっているかもしれないのに。


「ごめんね、変なこと聞いて」


申し訳なさそうな顔をして謝れば、瀬野は『大丈夫だよ』と言って笑って返してくれた。




けれど何となく気まずい雰囲気が流れてしまう。

最後にもう一度謝ってその場を去ろうとしたけれど、その前に瀬野が口を開いた。


「俺に同情してくれた?」
「……え」

「同情して、俺を川上さんの家に泊めさせてくれないかなーって期待したんだけどな」


何というやつだ。
私の同情心を駆り立てようとしていたの?

本当にやることがズル賢い男だ。


「じゃあね瀬野くん、また後で」


また瀬野の言葉を無視してサヨナラを告げる。
やっぱり彼という人間は嫌いだ。

少しでも揺らいでしまった自分に後悔して、私は教室に向かう。


誰もいない教室は静かで、ひどく冷え込んでいて。
まず初めに暖房のスイッチを入れる。

本格的な冬がやってきた。


12月も終わりが近づいている。
あと1週間もしないうちに冬休みだ。

それはタイミングが良いかもしれない。
冬休みに入れば瀬野と会うことがなくなる。


日が開けば、瀬野も私を諦めるはずだろうと。
これは救われたと思う反面、どうして私は───


『……ないよ、そんなの』

瀬野の言葉が、表情が、その存在が。
頭から離れないのだろうか。


「……忘れて」

余計なことは考えるなと自分に言い聞かせて。
席についた私は机に突っ伏して、ゆっくりと目を閉じた。





「クリスマスパーティーしようぜ!」


多分、瀬野と一緒のグループである男子の一言だったと思う。

クラスのムードメーカー的存在の男子だったため、女子もノリノリでその話に乗っかった。



もちろん私も断れなかったけれど、正直面倒くさい。


たまたま終業式の日がクリスマスだったため、その日に店を予約して、クリスマスパーティーをしようだなんて。



結局クリスマスパーティーに20人ほどが参加することになった。

その中にもちろん瀬野もいる。
というか彼は強制的に参加が確定したいた。

思わずため息を吐きそうになるのを我慢し、その日を終えた私。





そしてあっという間に当日がやってきた。


学校が終わるなり、まずはクラスの女子で近くのショッピングモールでプリクラを撮り、それから予約している店の場所に向かう。



「なんか瀬野と愛佳、いい感じだと思ったんだけど最近は全然話してないね」

「それ私も思った。
推しカプ誕生だと思ったのに…」


私は主に沙彩と春美と真弥の4人で移動していたけれど、その間に瀬野との関係を問われてしまう。

が、沙彩と春美の言った通り、あの日以来瀬野と話す機会はほとんどなかった。


きっと瀬野は私に興味などなかったのだろう。

女を堕とすため、あんな風に好意を抱いたようなフリをするのが得意なのだ。


私たちの関係はすでに終わり。
私が言いふらさない限り、瀬野は私に関わらないだろうと。

それなら答えはひとつ。
私は誰にも瀬野の秘密を口にしないことだ。


「いい感じなんて、全然そんなことないよ。瀬野くんなら絶対にもっとふさわしい人がいるだろうし」

「絶対に愛佳ちゃんは涼介くんとふさわしいよ…!
涼介くんのこと、気になったりしないの?」


真弥までそんなこと言って。
誰も瀬野の裏を知らないから、そんなこと言えるのだ。


「うーん、好きな人とかって私にはまだ難しいかなぁ…」


今のところ彼氏が欲しいとも思わない。
恋なんてどうでもいいって思ってしまう派だ。


「本当に愛佳ってピュアだよね」
「普通の人間だよ、私なんて」


いや、普通以上にクズな人間かもしれない。
ピュアなんてそんな言葉、私に不相応である。

本当は笑うのも疲れるし、楽しそうにするのも面倒だ。




それでもお母さんの好きだと言ってくれた笑顔を貫き通したい。

謎の使命感が私をそうさせている。


「あ、きたきた!
こっちだぞー!」

予約した店が見えてくると、入り口の前で『クリスマスパーティーをしよう』と提案した男子、真田(さなだ)が立っていた。

そこの店は真田の親戚が営むレストランらしく、一部を貸し切りにしてくれたようだ。


中に入ると半分ほどが来ており、クリスマスパーティーということで飾り付けをしていた。


「おっ、ついに華がきたぜ華が!」


見ると、女子の中では私たちが一番早かったようで。

あと3人の女子が来るはずだ。


「真田くん、私たちは何か手伝えることあるかな?」

ここでも好感度を上げにいくつもりで、真田に話しかける。


「い、いや…そんな、川上さんにやらせるわけにはいかねぇからな」

「せっかくのクリスマスパーティーなんだから、私も何か手伝いたいな」


何やら言葉を詰まらせる様子の真田に違和感を覚えていると、沙彩が私の隣にやってきた。


「あっ、愛佳見て。真田のやつ、緊張してるよ」
「う、うるせぇな野々原(ののはら)!」


沙彩の苗字を呼んで、少し照れた様子で睨んでいた真田。

本当に緊張しているようだ。
けれど理由は何だろう。


私とあまり話さないから?
それとも女子と話すこと自体緊張してしまうのだろうか。





「じゃあ私たちも飾り付け手伝おっか」
「あ、うん…!何からやろう」


真意を確かめる前に、沙彩と一緒にクリスマスの飾り付けを手伝うことにした。

そこまでは良かったのだけれど───


「瀬野!ツリーの飾り付け、愛佳も入れてあげて!」
「……え、沙彩…」


嫌な予感がしたのは、沙彩が私を瀬野の元へと連れてきたからだ。

瀬野は他の男子と一緒にツリーの飾り付けをしていた。


「手伝ってくれるの?
人手が足りて無かったから嬉しい、ありがとう」


爽やかな笑みを浮かべる瀬野を見て、イラッとしてしまうのは仕方がないことだ。

そもそも人手が足りてないと言っておきながら、3人もいるではないか。


「じゃ、じゃあ沙彩も一緒に…」

「私はあっちで星の風船膨らませてくる!
リースも飾らないとね!」


満面の笑みを浮かべた沙彩は悲しいことに、私を置いて別の場所へと行ってしまった。

ふざけるな、と心の中で呟く。


「川上さん」
「…っ」

すぐそばにいる瀬野に名前を呼ばれる。
久しぶりの感覚に、ドキッとしてしまう自分がいた。


「わ、私は何をしたらいいかな?」

「このオーナメントを全部飾らないといけなくて…結構量があるんだ」


テーブルの上に置かれた段ボールの中には、まだ結構な数のオーナメントが入っている。




「本当だ。
パーティーの開始時間、もうすぐだもんね」

「だから手伝ってくれると嬉しいな」
「もちろんだよ」


お互い偽った状態で接しているから気味が悪いけれど。

これが私たちの通常運転である。

「なあ涼介、もしかして俺たちって邪魔?」
「えっ?どうして邪魔なの?」


段ボールの中に入ったオーナメントを手にしていると、瀬野と一緒にツリーの飾り付けをしていた男子が彼に話しかけていた。

なんとなく、嫌な予感がする。



「だって川上さんといい感じだろ?」
「俺たち完全に邪魔じゃん」


ほら、やっぱり。
沙彩の行動がきっかけで、また変な噂が流されかねない。



「あー、やっぱりそう見える?」

なんて、瀬野は瀬野で否定しない。
また面白がっているのだろうか。


「じゃあお幸せにな、涼介」
「聖なる日にビックカップル登場か〜いいなぁ」


待て、おかしい。

私たちは別に“慕っている”と口にした覚えはないし、実際慕っていない。


それなのにどうして付き合う前提なのかと。
意味がわからない、ダメだイライラする。





「勝手に言わせておけばいいよ」
「…っ!?」


明らかに油断していた。

段ボールの中にあるオーナメントを手に取り、その場で固まっていると瀬野が隣にやってきたのだ。


「否定したら、余計に遊ばれるからね」

「私は気にしてないよ。むしろごめんね、誤解招いちゃって…沙彩にも後で言っておくから」


あくまで笑顔を崩さずに、瀬野に謝るけれど。
反省なんて一つもしていない。



「俺は別に平気だよ。
むしろラッキーなんて」

「…っ、み、見て見て瀬野くん!
このサンタさん、すごくかわいい」

「俺は川上さんの方がかわいいと思うけどな」
「こ、これをツリーに飾るんだよね!」


こいつは、どれほど私を乱したいのだ。
けれど私だって負けていられない。


「あっ、瀬野くん!
見て見て、サンタさんが揺れてる」

あどけないフリをして瀬野に笑いかける。
本当は楽しくなんてないけれど。


「本当にかわいいなぁ…」

「かわいいよね!
どんどんクリスマスらしくなってきたよ」

「…うん、そうだね」


瀬野の視線を感じる中、必死で笑顔を取り繕う。
本当に苦手なタイプである。

それでもツリーの飾り付けに集中して───