「気にするよ。
でもお礼って、何がいいんだろう」
そんなこと聞かれたって答えられない。
無難にお菓子とかなんとか言うべきだろうか。
「そうだ。今度ご飯でも奢らせてよ。
もっと川上さんのこと、知りたいって思ったから」
けれど、ここでまさかのご飯。
なぜ外でも瀬野と一緒じゃないといけないのだ。
「それだとまた誤解されちゃうかもしれないよ!
本当に気を遣わなくて大丈夫だから!」
ここで笑顔を浮かべる。
本当に大丈夫だという意志を示したつもり。
「中々手強いね、上手いように断られる」
「そ、そんなこと…今日の瀬野くん、少し変だね」
「川上さんも、ね。
場の切り抜け方がすごく上手だ」
ご満悦な様子の瀬野に、思わず身震いする。
信じたくなかったけれど、こいつの裏は深そうだ。
「そ、そろそろ帰ろうかな…ご飯、まだ食べ終えてないし」
「川上さんの作ったお弁当、本当に美味しかった。ありがとう」
悪いけれど、ここは逃げることを選ぶ。
偽りの自分で相手に背中を見せることなんて、全く恥ではない。
「本当?良かったぁ」
最後に笑って見せて、靴を履いたその時───
「行かないでって言ったら、川上さんは止まってくれる?」
足音もなく、いつのまにか私の背後に来ていた瀬野の手が腰に回される。
耳元でかかる瀬野の吐息に思わず肩がビクッと跳ねた。
こんなこと初めてされるため、体は固まってしまう。
吐息のかかった左耳が少し熱い。
どうしてか、腰に回された手もいやらしい気がして。
無意識のうちに鼓動が速まってしまう。
頬も少しだけ熱を帯びるようで、嫌な汗が流れた気がした。
その時初めて、驚くほど自分は男に免疫がないのだと気付かされる。
「せ、瀬野くん…!どうしたの急に?」
それほど強い力ではなかったため、慌ててその手を引き剥がす。
でないと呑まれてしまいそうな、そんな気がした。
「さっきは気を遣ってここに連れてきてくれてありがとう。私はもう行くね!」
本当はお礼なんて言いたくなかったけれど。
最後まで表向きの自分を保つため、ここは我慢である。
嫌な気持ちが顔に出ないうちに、私はその場から立ち去った。
教室までの帰り道。
廊下に視線をやりながら、私はじっと考えていた。
「……危険、だ」
これ以上瀬野と関わることは危険だと、本能すらも警報を鳴らしているような気がして。
間違いない。
あいつも偽っている。
だとしたらこれ以上の接触は危険であり、面倒だ。
けれどこの噂さえ消えたら、もう瀬野と関わることもあるまい。
今はただ大人しくして、瀬野との関わりを極端に減らそうと心に決めた。
他校とも繋がっている沙彩のお願いを了承してしまったのが間違いだった。
「じゃあ今日は楽しもうぜー!」
「かんぱーい!」
ある日の放課後。
沙彩に連れてこられたのはカラオケボックス。
それもネオン街にあるカラオケだ。
他校の男子3人と私と沙彩、合わせて5人でやってきたけれど。
いかにもチャラそうで悪そうな奴らばかり。
両耳にピアス、軟骨に開けている人もいる。
アクセサリーもジャラジャラで、髪色も金髪など派手なものばかり。
沙彩曰く中学からの仲らしい。
本当は中学の女友達が来るはずだったのだが、ドタキャンされてしまい急遽私を呼んだとのこと。
「沙彩の友達クソ美人すぎんだろ」
「待ってよ私は!?」
「沙彩は化粧!派手!って感じだからなぁ」
一応。
一応男女分かれて座っているのが唯一の救い。
本当にこういう場は苦手だ。
そもそも男子と深く関わることは嫌いである。
中学の時に勝手に誤解され、妬まれたこともあるのだから尚更嫌である。
「とりあえず歌おうぜ!」
「ちょっとひどくない!?私の扱い」
全員楽しそうである。
見た目こそ悪そうだけれど、沙彩と同じで良い人なのかもしれない。
けれど私は他校との関わりなんて持ちたくない。
どうにかしてこの場を去りたかった。
そのためにはまず自分も楽しいフリをする。
人前で歌うことなんてあまり好きじゃないけれど、男ウケしそうな恋愛ソングを歌っておく。
「愛佳ちゃん歌も上手いのかよ…」
「綺麗な歌声だな」
なんて、聴き入る男たちが心底気持ち悪い。
けれど悪気はないのだ、ここは我慢である。
男たちや沙彩が歌ってる時は手を叩いて。
時折体も揺らして乗っているフリをする。
歌い終われば拍手をして、ジュースも頼んだポテトもそれなりに食べて盛り上がってると思わせる。
そして───
「……えっ」
一瞬静かになったタイミングを見計らって、スマホを見ながらわざとショックを受けたような声を出す。
「愛佳ちゃん?どうしたんだ?」
「み、みんなごめん…ちょっと用事ができて…」
「えっ、もしかして愛佳帰っちゃうの?」
「本当にごめん…!なんか飼ってるペットの調子があまり良くないみたいで…」
さらっとついた嘘。
ペットなんか飼っていないけれど。
叔母さんの家にいた時は犬を飼っていたから、それを思い浮かべる。
「え!それは早く帰らないとじゃん愛佳ちゃん!」
「ペットの調子悪いなら仕方ないね!」
「愛佳ペット飼ってたんだ!なんのペット…って、それどころじゃなくて!支払いも私たちがやっとくから大丈夫だよ!」
「え、でも…さすがにそれは」
「いいから俺たちの奢りだ!」
うん、やっぱり人は見かけによらない。
カラオケの代金も奢ってくれるようで、その言葉に甘えることにした。
「本当にごめんね…!
じゃあ私、お先に失礼します!」
わざと焦っているそぶりを見せ、その場から立ち去る。
店を出てカラオケボックスが見えなくなったところで、ようやく立ち止まった。
「……はぁ」
プライベートの時間でも誰かと一緒にいないといけないのはさすがに疲れる。
ネオン街は本当に明るい。
夜空とまるで似合わない。
目がチカチカしておかしくなりそう。
なんて思いながらも、駅を目指そうとしたその時───
「おっ、美女はっけーん!」
「待て待てどこだよ!?…あっ、本当じゃん」
嫌な予感がした。
近くを通ったチャラい男ふたり組の視線が私に向けられていたような気がしたから。
こんなにも夜のここは危険なのか。
「ね、君!高校生がひとりでこんな場所うろついてて大丈夫なの?」
「お兄さんたちが駅まで送ってあげようか?」
最悪だ。
ふたりの中のひとりに、肩を掴まれてしまう。
「えっ、あ…私ですか?」
最初からネオン街にあるカラオケに行くこと自体断っておけばよかった。
目の前の男ふたりはすでに酔っていて、酒臭い。
「ええ!超純粋な反応じゃん見た目の割にかわいい!」
「これぞギャップだな…お兄さんは好きだぞ。
これから一杯、俺たちの飲まない?」
いくら酔っているとはいえ、未成年を誘うことは犯罪だ。
思わず周りを見渡すけれど。
みんな面倒ごとに巻き込まれたくないようで、素通りされてしまう。
チッと舌打ちしたくなった。
「すみません、今から帰るところで…」
「いいじゃんホラ!」
「楽しいこと、しよーよ」
ゾワっとした。
全身がこのふたりを嫌っている。
無理矢理腕を引かれてしまい、変に抵抗できない。
もし相手を刺激して、路地裏…あるいはホテルに連れ込まれたら?
そこら辺の居酒屋に連れ込まれた方がまだ助かるチャンスはある。
落ち着け、今の自分は制服姿だ。
助けてくれる人もいるだろうと。
「個室の居酒屋知ってんだよ俺」
「ホテルでもいいけどな!」
最悪、本当に最悪。
目の前のチャラい男ふたりは本当に悪い奴らだ。
今すぐ逃げ出さないと。
大人しくあの場におらず、嘘をついた罰なのだろうか。
とりあえず落ち着け、冷静になれ、考えろ。
助かるチャンスはいくらでも───
「……っ!?」
視線だけ動かして。
ネオン街を見回したその時。
『それがね…瀬野が度々目撃されるの、ネオン街の裏通りに行くところを。それも綺麗な年上の女性を侍らせて』
沙彩の言葉が脳裏を過ぎる。
それとほぼ同時に、反対側の通路を歩くひとりの男に視線を止めた。
「涼介早く!」
「気が早いですよ、京子さん」
間違いない、瀬野だ。
人気者のクラスメイトである瀬野涼介だとすぐにわかったのは、彼の危ない一面を目にしてしまったからだろうか。
優しくて、穏やかで。
それから大人びた、危険な色気すらも漂わせている瀬野。
彼の隣には明らかに歳上の美女がピタリとくっついている。