12月上旬。
その日の気温は10度を下回っており、やけに冷えていた。
「今日はすごく楽しかった!
ありがとう愛佳!」
「こちらこそありがとね。
それじゃあまた明日!」
わざと明るい笑顔を浮かべ、クラスメイトに手を振って別れる。
私はそのまま自転車置き場へと向かった。
学校終わりの放課後。
私はクラスメイトの子と一緒に学校近くのショッピングモールで遊んでいた。
そしてご飯を食べた後、明日も学校があるということで早めに解散した。
「……さむっ」
川上愛佳、高校2年。
両親は事故で他界のため、現在は一人暮らし。
正確に言えば中学までは叔母の家で住まわせてもらっていたのだが、邪魔者扱いされて高校を機に家から追い出されてしまった。
けれどお金の援助はしてくれているため、文句はなかった。むしろひとりの方が息苦しくない。
自転車に鍵をさし、それを押しながら道路へと出た。
学校から家までは自転車で15分ほどで、今いるショッピングモールからは10分もあれば着くだろう。
明日提出の課題も終わっているし、今日は家事をした後すぐ寝られるはずだ。
道路に出て、自転車に乗って冷える夜道を駆け抜ける。
マフラーや手袋をつけていても直接肌に寒さが伝わった。
今日も長い一日だった。
偽りの自分を演じている時ほど、時間が長く感じるのは仕方のないことだろうか。
いつからだろう、ひとり以外の時に“良い子”を演じるようになったのは。
ほぼ無意識のうちだったのかもしれない。
少しでも邪魔者扱いされないよう、最初は必死だった。
自分の居場所を探していたけれど───
結局私はひとりだった。
そのため楽に生きるための方法を選ぶ他なかった。
強くなりたいんじゃない。
私は強くなるんだ。
信号が赤に変わる。
ゆっくりとブレーキをかけ、止まった。
学校の最寄りである駅が見えている。
さらに駅前には簡易ベンチとブランコが設置されているだけの小さな公園もある。
そこは学生の溜まり場なのだが、冬になれば寒いため誰も集まらない。
今日は一段と冷え込むため、きっと誰もいないだろう。
信号が青に変わり、足に力を入れて自転車を漕ぎ始めたその時───
「……川上さん?」
その声は突然耳に届いた。
車が通る音にかき消されることなく、はっきりと耳に届いたのだ。
思わずブレーキをかけて止まる。
周りを見渡したその時、公園から出てきたであろうクラスメイトの姿があった。
「瀬野くん、まだ帰ってなかったの?」
わざと驚いたふりをする。
視界に映っているのは、紺色のマフラーを巻いてもなお鼻を赤く染めている瀬野涼介だった。
いつも友達に囲まれているイメージが強い瀬野は、今ひとりでいることに違和感を覚えるほど人気者である。
そんな彼がどうしてひとりなのか、気にはなるけれど驚くほどでもない。
「……うん、今から電車に乗ろうと思って」
目を細めて穏やかな笑みを浮かべる瀬野。
端正な顔立ちで爽やかな彼は、人気者であるのと同時にモテる。
私もそれなりに人気者であろうと心がけているけれど、彼ほど目立ちたいとも思わない。
“それなりに”が自分に合っているのだ。
「そうなんだ。
じゃあまた明日ね」
先ほど、彼は私の苗字を呼んだけれど。
仲良く話すほど親しくない私たちは、形式的な会話で終了だ。
もし私じゃなくても、知り合いなら瀬野は声をかけていたことだろう。
私は自然に見えるような笑顔を浮かべ、また自転車を漕ぎ始めようとしたけれど。
「待って…!」
突然彼が私を呼び止めたものだから、さすがのこれには心から驚いてしまった。
「……瀬野くん?」
心の中では“瀬野”と呼び捨てにしながらも、ちゃんと“くん”呼びで返す。
そして言葉の続きを待っていたら───
「実はさ…家、追い出されたから泊めてくれないかな」
人気者の彼には似合わない頼みごとをされて。
一瞬頭が真っ白になり、固まってしまった。
今、彼はなんて言った?
「あ、いや…誤解されないよう、ちゃんと川上さんの両親には話すからさ…」
焦っている。
困っている。
初めて見る、乱れた瀬野の姿。
新鮮だった。
瀬野も人間らしいところがあるんだって。
完全無欠なイメージがあったから。
「ダメ、かな…」
断れる覚悟で言ったのだろう。
眉を下げて申し訳なさそうにしていた。
もちろん一人暮らしの家に呼ぶのは色々リスクがある。
亡くなった両親のことがバレるかもしれないし、本性を見せてしまう恐れだってある。
だから断るのが妥当だ。
人気者の彼には他に行くあてがあるだろうと。
それなのに私はどうして───
「私で良ければ大丈夫だよ」
こう笑顔で答えたのだろうか。
“家から追い出された”、その言葉に何か惹かれるものがあったからかもしれない。