俺にとって、体育祭の結果なんてどーでもよくて。
うちのクラスを優勝に導いた最後のリレーは、ただただ、女の子に……姫莉ちゃんにかっこいいって思って欲しかっただけだった。
クラスの打ち上げは断った。
ナナちゃんはずーっと食い下がってきたけど、そーゆー、俺に執着する女の子はめんどくさいから嫌いだった。
……姫莉ちゃんは、俺に執着しないから。
きっと、後腐れなんてないんだ。
だから俺と同じように打ち上げを断った姫莉ちゃんと2人で帰って。
でも今日は、俺は自分の最寄りで降りた。
女の子たちから来ていた32件の連絡は全部無視、何度も連絡してくる子は即ブロックした。
「おかえり〜」
家で料理をしていた兄貴の奥さんの声も、無視。
絡んできた甥っ子も、軽くあしらって俺は部屋に入った。
パタリと、ベットに沈む。
まだ制服、汗と砂だらけ。
汚い、いつもなら絶対しない。
……けど。
死にたくなるくらい、何だか辛い。
フラれること、なかったわけじゃないのに…何でこんな辛くなってんだろ。
フルのもフラれるのも、日常茶飯事で、そーゆー日は決まって、ちゃんと慰めてくれる女の子のベッドに潜り込んでたのに。
……今日はそれすらしたくない。
「弓弦〜?なんかあった?」
ノックの後、ドア越しに聞こえてきたのはそんな声。
兄貴、依澄の、間延びした声…俺のに似ててやだ。
「……病んだだけ〜」
「珍しいな。なんかあった?」
「別に〜」
こっちが別にって言ってるのに、何も考えないで俺の部屋に進撃してくる兄貴。
「何なの?そんないい女だったわけ?」
「…めちゃ可愛いし、純粋だし…可愛い」
「とにかく可愛いんだな」
「とにかく可愛い」
兄貴は苦笑いで俺の倒れるベッドの端に腰掛ける。
「花が心配してたんだけど。『久々にゆずくんに無視されちゃったよ?嫌われたかな?』って。
澄珈も拗ねてたし。俺それ聞いてからすげー心配したよ?」
「大丈夫〜、いつもの女沙汰だから〜」
「そーだな、大丈夫ではなさそうだけど、いつものやつだな」
苦笑いで俺の頭をポンポンする兄貴。
…こっちは真剣に悩んでるのに。
「お前も、そろそろ自分の身を固める場所、見つけたんじゃねーの?そーじゃなきゃ、今までそんな1人の女の子に執着したことなかったろ?」
俺も昔はそーだったもんな、なんて懐かしそうに笑う。
…そんなの、わかんない。
俺が姫莉ちゃんに落ち着くと思えない。
だってさ、姫莉ちゃんに近付いたのは、
いつもの子より地味で、
いつもの子より純粋で、
いつもの子より可愛かったからで。
それが恋に発展するなんて、思ってもないし、それ以前に俺。
……好きがなんなのか、わかんない。
「花がさ。弓弦の彼女、いつになったら見れるんだろ〜って、毎日ウキウキしてるから。
本気になったんなら、いつでも連れて帰って来いよ?」
学校と実家は特別離れてて片道2時間くらいかかってしまう。
だから、高校に通う3年間だけ、条件付きで妻子持ちの兄貴の家に居候することになった。
その条件が、『本当に好きになった女以外は連れ込まない』ってこと。
俺が女遊び激しいのは中学の頃からで。
それは兄貴の姿を見てた俺がバカみたいに真似した結果。兄貴もそれには反省してるみたいで、ことあるごとにこうやって俺の面倒を見てくれて…。
でも、好きとか、こーゆーのはいまだに全然わかんない。
無理だな俺、兄貴みたいに、幸せな結婚とか、出来ないかも。
ぐっと、枕に顔を埋めた。
「姫莉ちゃん姫莉ちゃん、放課後遊びに行かない?」
「ごめんね、今日も用事で…」
「姫莉ちゃん、お昼、どう?」
「あ、いく」
「姫莉ちゃん、好きな動物は?」
「カピバラかな?」
「どーして?」
「頭悪そうな顔してるから」
体育祭の後、結局いつも通りに戻った姫莉ちゃん。
ただ、残念ながらあのリレーの猛烈なスタートダッシュを見せた美少女が姫莉ちゃんだって特定されないはずもなくて。
モテモテのモテ状態。
噂によれば休みの日にどこぞの男とデートしてたりしてなかったり。
それでも俺は姫莉ちゃんに話しかけ続けた。
理由は簡単。
落とすって決めたから。
それと、俺のことフったの、ちょっと根に持ってるから。
「姫莉ちゃん、次のお休み遊びに行かない?」
「ごめんね、約束あって」
…他の男の先約、まだ週の始まりなのにね。
手強い。
そんなことをしているうちに、関係性なんて何も変わらず、進展なしのまま夏休みに入った。
頭の悪い俺は夏休みの前半、午前中は補習まみれ。
でもまぁ、午後からゴリゴリにバイト入れた。
8月に入ってからはバイトまみれ。
いーんだよ、女の子は夜だけで。
昼間っから遊ぶのは基本付き合ってる子だけだから。
いろんな子といろんなことしたけど、本命彼女なんてほとんどいたことなかった。
昼間のデートとか何してあげればいいかわかんないし、慣れないことしたくない。
「んで、メイド喫茶なんだ?」
「うん、調理場で。絶対せんせーにバレないでしょ。
立場考えてメイド喫茶なんて入れないだろうし」
カフェ。八雲と宿題中。
1人じゃ絶対できないから中学のときからこんな感じ。
「警戒しすぎだろ、まだ3駅向こう行くんだろ?」
「うん、あわよくば姫莉ちゃんとすれ違えないかなーって」
あー…と呟くとブルッと震えたスマホを見始める八雲。この後、こいつは彼女と遊ぶ。
俺は午後からシフト入ってるから。
まだ3回目とか。そんなだけど。
「お前、芦名狙いだして、長いよな?」
「だって姫莉ちゃん、全然落ちてくんないんだもん」
「でも、他のやつとヤってんだろ?」
昼間のカフェで当たり前みたいにそーゆーこと言えるの、強いと思う。
俺も全然、流れに任せられるタイプだけど。
「まぁ、そりゃね?八雲もシてんでしょ?」
「いや?やめた」
「は?」
「まぁ一応、本命だから。俺さすがに本命いる時は違うやつとヤったことねーよ」
マジかー…。
そんなとこで誠実さ出してこないで欲しいんだけど…。
「なに…そんないい子捕まえたの?」
「顔は別に、その辺にいる程度の可愛さ。
ただ、うん…ハマった」
カフェオレのストローを噛みながらそんなことを言う八雲。
……なんだよ、1人で幸せになるなよ。ズルイ。
「あー、俺行くわ。なんか待ち合わせ場所早く着いたっぽい」
「いってらー。お金は払っとくからまたなんか奢って」
「サンキュ」
あーあ、俺もバイト行こう。
1人とか、なんも楽しくないし。
ちょっと早入りしたって別に問題ないでしょ。
俺はオレンジジュースを飲み切ると、席を立った。
───…なんで?
「……」
「…ひ、姫莉ちゃん…?」
控室。
メイド服、明らかにバイト終わりの姫莉ちゃん。
ツインテールのくるくる巻かれた髪。
可愛らしいお化粧と、細い脚。
「…えっ、と…」
俺の前で目を泳がせる。
どーゆー状況だろ。
地味で真面目で、特待生学費免除の彼女が、こんなとこでバイト…?
あれ、あれあれ、これってバレたら…?
「…バイト、してんの?」
「けっこう、前から…」
姫莉ちゃんはあはは…と渇いた笑いを零して、俺のことを上目遣いに見つめる。
「うち、お金なくてさ。バイトしなきゃやっていけないんだよね。
弟も今年受験だし…」
姫莉ちゃんは、ふわっふわのカチューシャを外して控えめに俺のことを見る。
「黙ってて、もらえませんか…?」
「あー…」
しゅんって、そんな顔しないで?
それでも可愛いけどさ…?
……でもさ、こんなチャンス、利用しない男なんていないよね。
「姫莉ちゃんが付き合ってくれるって、言うなら」
「えっ…」
「バレたら大変だよね、お金稼げなくなっちゃう。
特待枠、取られちゃうかもしれないしね?」
悪魔、だと思う。
自分でも思うんだから、姫莉ちゃんは絶対それ以上のことを思ってると思うよ。
だって、ほら。この複雑そうな、歪んだ顔。
……そーゆー顔、俺は好きじゃないけどね。
「どーする?俺と付き合っとく?
まぁ、姫莉ちゃんにはそれくらいしか選択肢なさそうだけどね?」
「…そーゆーの、ズルくない?」
「まぁ、それくらいしてでも姫莉ちゃんがいいってことだね?」
「どーせすぐ、捨てるくせに」
むすっと、拗ねた顔。可愛い。
「どーする?」
姫莉ちゃんの手をぎゅっと握って顔を近づける。
唇が触れるまで、3センチ。
「……」
姫莉ちゃんは視線を落とした後、ゆっくり目を閉じた。
諦めて、くれたらしい。
チュッと触れるだけのキス。
久々の感覚。
「ありがとね、姫莉ちゃん」
「……嫌い」
むうっと口を膨らませて、控え室を出て行った。
シフト、いっつも入れ替わりだったんだ。
そーゆーことだ。
だから今まで気づかなかったんだね。
8月に入ったら、多分、もっと被るんだろうな〜って。
「ラッキー」
夏休み、楽しくなりそう。
8月に入って少し。
なんだかんだ補習も終わってバイトに明け暮れる日々。
「オムライス2つお願いしまーす」
可愛らしい姫莉ちゃんの声を聞きながら。
あれからフツー。いつも通り。
カレカノっぽい事は一切してない。
俺の仕事が終わっても、姫莉ちゃんは一日中シフト入れてて終わるのは6時半とか。
そこから遊ぼ、なんて誘うほど酷じゃない。
たまに3時くらいに仕事が終わった時に遊ぼ?って言っても、忙しいから、って断られちゃって。
結局、今までとあんま変わってない。
…あーあ、なんもうまく行かない。
なにしたいんだろ、俺。
今日も、姫莉ちゃんの仕事はもう終わってるのに。
俺は1人でスーパーに向かってる。
花ちゃんが、卵買い忘れた〜なんて言うから。
端から姫莉ちゃん誘えないし。
震えないスマホ。
姫莉ちゃんからの連絡なんてくるはずなくて。
俺ほんと、何やってんだろ。
スーパーの卵コーナー。
1番安いやつでいいよ、と言われて手に取ったのはフツーの白い卵。