信号が黄色から赤へと点灯し、停車する。
 未来も同じように、この会話にストップをかけたい、そう思うが意のままにならない眼に気を取られてしまう。
 
「未来ちゃんさ、何を抱えて今もそうして感情を押し殺してるのか、僕には教えてほしい」
「――っ」
 
 捲られた意外と逞しい腕に追随する細長い指で、殺しきれなかった情動の証を拭われる。
 その証を見せた未来に、黒田は静かにほくそ笑んだ。

「実はずっと気になってた。出会った当初から、地雷が家族であることが」
「・・・・・・ちょっと親が褒められるのは、まだ、色々整理ついてなくて、やるせなさが残るだけです。だから、親のことが嫌いだからとかそんなんじゃ」
「そんな次元は越えてる、か」

 「言うタイミングが今じゃないのなら、今日はこれ以上は聞かない。でも切羽詰まった時に自力で人に頼れる? 未来ちゃん」頭頂部を掌で覆い尽くし撫でる。
 未来の平均よりも少しばかり大きい体格など、造作もないように、遥かに体格の差を見せつけ、大人の余裕も持ち合わせていることが、どれだけ、未来の心の砦を瓦解しているか。これも本人の範疇をとっくに超越している。

「――本当は、誰でもいい」

 未来は既に情動を溢し決壊している。そこから言の葉が落ちていくことなど、想像に難くない。

「友達には言えないから、大人の人に吐き出してしまいたくてたまらなかった・・・・・・」
「友達? え、あ、いやごめん。そんな話をしてるんじゃないのは分かってるんだけど」
「ふふ、ちょっと、私、大学にも友達いるにはいるんですよ?」
「えっ!!」

 黒田は心底驚き、少年らしさを覗かせる。そこで信号が青に変わり、車を走らせた。ハイブリット車らしく、静かに走行する車内は、先刻のシリアスな空気を一掃させていた。

「いっつも一人で行動しているみたいだから、てっきり・・・・・・ぼっち大学生を極めているのかと」
「ハハハッ! それはそうですけど、一人が楽だから、一人なんですよ。そしたら、あれよあれよとぼっち大学生ポジションが確立しゃって。ま、前回休んだ授業の内容を聞くくらいは、隣りにいた誰かにできるんで、友達が少なくても別に困ってないんですよね、今のところ」
「そりゃまた、すごくサッパリしてるな。ますます未来ちゃんの吐き出したいこと、聞きたくなった。あ、もうすぐ未来ちゃんの自宅付近だと思うから、今度機会があったら聞かせてよ」
「今すぐは心の準備がいるので、また機会があればそのときに聞いてやってください」

 まとう空気が和やかになり、未来はすぐさま冷静さを取り戻す。そして、「心を開くな」と警鐘を鳴らす。親しい教員など作ると厄介、そう信じて疑わない未来。
 次は話したい、というニュアンスを含ませてこの話は終りを迎えた。