「……ちゃん」
 誰かが身体を揺すっている。
 誰だろう?
 聞き覚えがあった。
「こいつ役立たずにゃ」
 あ、こっちは何となくわかる。
「タマちゃん、そんなこと言ったらダメよ。怖がりの人もいるんだから」
 そうだ、この声は彩さんだ。
 てことはもう一人はタマちゃん。
「面接のときに怖がりかどうか聞いておくべきだったんじゃない? 僕ならそうしたよ」
 この声は直子さんかな?
「でも、夏彦さんの紹介だったし、免疫はあると思うんだけど」
「一角の話なんかでぶっ倒れる奴にここは務まらないにゃ」
「いやいや、前に会ったことあるんでしょ? そんな体験してるのにあいつらの話なんてしたら恐怖で気を失っても仕方ないよ」
「京極の社長もどうかしてるにゃ。こんな奴よこすにゃんて」
「タマちゃん、夏彦さんの悪口はダメよ。」
 彩さんがたしなめる。
「あれでも一応偉い人なんだから」
「大極宮(たいきょくぐう)の一人だもんね」
「それならうちの大将も大沢の人にゃ」
「あら、あの人は大沢家の一員といっても本家の五男坊よ。そんなに偉くないわ」
「いや、十分偉い人だよ。そば屋の店主をやってるのが未だに信じられない」
「うふふ、直ちゃんってば、そんなこと言ってもおだてにならないわよ」
「そっかぁ、気をよくさせてまかないのご飯超大盛りを許可してもらおうと思ったのに」
「直子がこれ以上食ったらお店が傾くにゃ」
「あはは、タマは手厳しいなぁ」
 三人の会話を聞いてるだけでこの店の雰囲気がわかる。
 とっても楽しそうな職場だ。
 私も頑張って早くここに馴染まないと……。
 私は目を開けた。
「あ、気づいた」
 直子さんの快活な声が迎えてくれる。
「良かった。このまま起きなかったらまかないが無駄になるところだったよ」
 え?
 いきなり変なこと言ってるんですけど。
「お前いい身分にゃ」
 タマちゃんが冷たい目でこちらを見ている。
「お前が眠ってる間にお昼の営業は終わったにゃ。ろくに仕事しないくせにまかないだけはしっかり食べさせてもらえるなんて、図々しいにもほどがあるにゃ」
「タマちゃん、気絶してたんだからそんなに責めちゃ可哀想よ」
「彩さんは甘いにゃ」
「タマが厳しすぎるんだよ。じゃあ僕、あおいちゃんのまかない持ってくるね」
 直子さんがそう言って場を離れる。
「直子がつまみ食いしないように見張るにゃ」
 タマちゃんも席を外す。
 私はあたりに目をやった。
 ここは和室だ。
 八畳ほどの部屋の中ほどに敷かれた布団に私は寝かされていた。壁には三月のカレンダー。暦の下には「京極不動産」と書かれていて連絡先が記されている。大家さんの経営する会社だ。
 他には古めかしい箪笥や小さな座卓、淡い緑色の座布団とかもある。
 彩さんがすぐそばで正座していた。
 にこやかに。
「うち、妖怪も人間も関係なくお客として来るから。あおいちゃんもそのつもりでお願いね」
「……」
 また気を失いかけた。
 私、やっていけるのかな?