「ど、どういうことですか?」
「彩さん、こいつ頭悪いにゃ」
 いきなり悪態つかれた。
 しかも初対面の人に向かって「こいつ」ってどうなの?
「タマちゃんはもうちょっと口のききかたを覚えましょうね」
「でも本当のことにゃ」
「……タマちゃん」
 彩さんのこめかみに「怒」マークが浮かんだ。
「お口チャック」
「……」
 慌ててタマちゃんが両手で口を塞ぐ。
 彩さんはにこにこしているけど目が笑っていない。
 あ、この人怒らせたらまずいタイプだ。
 人生経験が乏しい私にもそれくらいはわかる。
 で。
 話は彩さんの「人間はあおいちゃんだけ」発言に戻る。
「私だけってどういうことですか?」
「言葉の通りよ」
「え?」
 訳がわからない。
 タマちゃんがバカにするような目で見てくる。
 むっとするものの黙っておいた。
 一応、相手は職場の先輩だ。
 諍いは避けたい。
「うーん」
 彩さんはちょっと首を傾げる。
「面接のときに話していなかったかしら?」
「えっと……聞いた憶えがないんですが」
「そう? じゃあ、今聞いたわよね?」
「……」
 確かに今聞きましたけど。
「そういうことだから」
 いや、そういうことだからって……。
 これ結構重要な話ですよね?
「人間は私だけってことはみなさん何なんですか」
「何だと思う?」
 質問を質問で返されてしまった。
 もし、人間でないとしたら……。
 思い至り、私はぞっとした。
「ゆ……幽霊ですか?」
「ブー、不正解」
「じ、じゃあお化け?」
 言ってしまってから、「幽霊と大差ないじゃん」と心の中で自分につっこむ。
「うーん」
 と彩さん。
「その呼び方も間違ってはいないんでしょうけど私は好きになれないわね」
「ご、ごめんなさい」
「別に怒ったわけではないから。ちなみにあおいちゃんは妖怪っていると思う?」
「えっと」
 私は中空に目をやった。
 千葉のお母さんの実家で「きつねが人を化かす話」とか「子供が川で河童を見た話」とかを聞いたことがある。
 私自身それっぽいものに遭遇した経験があった。
 でも、それは白昼夢だとみんな信じてくれなかったけど。
「いる、と思います」
「そう、あおいちゃんは会ったことあるのかしら」
「名前まではわかりませんが……真っ白で体格が大きくて目が一つしかなくて太い角が一本頭から生えているものなら見たことがあります」
 なぜか電信柱の脇に立ったまま動こうとしなかったなぁ。
 目が合って、怖くて足がすくんでいるうちに消えちゃったけど。
「それ、きっと一角(いっかく)ね」
 彩さんが言った。
「悪い人はほとんどいないから害はないと思うわ。あってもせいぜい肋骨を折られるとかお腹を角で突かれるくらいだから」
 いやいやいやいや。
 私は無言で否定する。
 それ、十分害になってます。
 てか、悪い人だったらどんな目に遭わされるんですか?
 ぼそりとタマちゃんがつぶやいた。
「お前、運が良かったにゃ」
 ひぃぃぃぃぃぃぃーっ!
 危うく卒倒しかけるのを何とか踏みとどまる。
「一角も最近はすっかり見かけなくなったわね。やっぱりみんな人の少ないところに行っちゃったのかしら」
 遠い目。
「以前はこのあたりにもたくさんいたのに」 ……え?
 そんな物騒なお化けがこの辺にもいたの?
 顔に出てしまったのだろう、彩さんが優しく微笑んで付け足した。
「目を合わさなければ何てことない人たちよ。合っちゃったら覚悟しないと……」
 プチン。
 ふぅ。
 いきなり視界が真っ暗になった。