私はあたりを見回した。
「えっと、奥さんは?」
「奥さん? ああ、彩(あや)さんね。座敷の掃除をしてると思うよ」
「そうですか、ありがとうございます」
「いえいえ」
 にこやかに応じる直子さんに頭を下げると、私は厨房を出てホールに進んだ。
 さっきから掃除機の音がする。
 ホールにはテーブル席と小上がり、それに座敷があった。テーブル席は四人用が五つ、小上がりには四人用の座卓が三つ、それぞれの直上に和紙のカバーのついた照明。開店前だからか明かりはついていなかった。掃除機の音は座敷のほうから聞こえる。
 近づくと細身で長身の女性が家庭用の赤いボディの掃除機をかけていた。二十畳ほどの部屋には四人用の座卓が三つずつ二列に配置されていた。座卓の上には座布団がある。
「おはようございます!」
 私が声をかけると彼女はすぐに気づいた。掃除機のスイッチを切って近づいてくる。
「おはよう、青森さん。今日から頑張ってね」
 この人は大沢彩(おおさわ・あや)さん。このお店の店主の奥さんだ。実は面接のときに会っている。お店がお休みのときだったからか彩さんとしか会えなかったけど。
 面接のときにも思ったけど綺麗な人だなあ。
 直子さんほどではないにしろ胸も豊かだし。
 美人でスタイルも良くて……。

あれ?
 もしかして、私もここで働けるくらいだから結構いい線いってる?
 などとアホなことを考えながら自分の小さな膨らみに手を当てる。
 うん、気のせいでした(泣)。
「早速で悪いんだけど、お店の前を掃いてきてくれる? ほうきとちりとりはあっちにあるから」
 彩さんがホールの隅を指さした。そこは小上がりと壁一枚で隔たれていてホールのテーブルからも見え難い。業務用の掃除機とかゴミ箱がちょっとだけ見えた。
「わかりました」
「掃除機の脇の事務机の上に荷物を置いてね。私のと直ちゃんのバッグがあるからすぐにわかると思うけど。それとエプロンもあるからそれを使ってね」
「はい」
 私は指示された事務机の上にリュックをおろした。

 すぐわかるところに彩さんたちと同じデザインのエプロンがあったので身につける。
 ほうきとちりとりもすぐに見つかった。
 よし。
 私は気合いを入れると掃除に取りかかった。