猫娘とおソバ屋さんで働いています

 勝手口のドアの前で足を止め、黒髪のセミロングをささっと手櫛で直す。
 今日からこの「そば処・詠鳥庵」で自給1500円のパートが始まるんだ。
 数秒の間をおいてドアノブを握ると意を決して開けた。
「おはようございまーす!」
 私こと青森あおい(あおもり・あおい)は一際大きな声で挨拶しながらお店の勝手口をくぐった。
 厨房ではすでに人がいて、エビの背腸取りの真っ最中だ。シンクの脇の台の上に置かれた大きなボウルにはエビが山になりかけている。
 実家でお母さんがエビチリを作るときとかよく手伝わされたなぁ。
 私はちょっとそのときの気持ち悪さを思い出してしまった。
 そっか、ここで働くってことはこういう仕事もあるかもしれないんだよね。
 けど、ホールスタッフだから厨房作業は回ってこないのかな?
 半分そう願いつつ、背腸取りをしていた人を見直す。
 薄緑色のエプロンをつけた若い女性だった。
 緑色の三角巾からはわずかに黒髪がはみ出している。銀縁眼鏡をかけた知的そうなお姉さんだ。
 わあ、胸おっきい。
 エビに目がいってしまって見落としていたけど、お姉さんの胸はエプロンとか灰色のトレーナーで隠されていても隠しきれない代物だ。成長期に何ガロンの牛乳を飲めばこんなに育つのだろう?
「おはようございます」
 私が再度挨拶するとお姉さんが手を止めてこちらを向いた。
「おはよう」
 返してくる。
「君、今日からの人?」
「あ、はい」
「ふうん」
 しばし彼女に凝視される。
 え?
 何?
 頭の天辺に疑問符が浮かぶ。
「……あ、青山あおいです。これからよろしくお願いします。」
「あおいちゃん? どんな字?」
「青森県の青森にひらがなであおいです」
「そうなんだ、素敵な名前だね」
 たとえ名前のことでも初対面の人にいきなり素敵とか言われると照れてしまう。
 あおい、がアルファベットだとすべて母音になるから外国で生活するようになっても呼ばれやすいでしょ?
 昔、お母さんがそう教えてくれたっけ。
「あ、僕は河合直子(かわい・なおこ)、『直子さん』とか『直子ちゃん』でいいから」
「え、じ、じゃあ直子さん」
「はい、あおいちゃん」
 自分呼びが『僕』というのに驚いたけど、胸もあるし、女の人でいいんだよね。
 名前も女性っぽいし。
「ん? どうしたの?」
「あ、いえ、何でもありません」
 私は慌てて手を振った。
 直子さんが不思議そうな顔をするものの、追求はしてこない。
 
 
 
 私はあたりを見回した。
「えっと、奥さんは?」
「奥さん? ああ、彩(あや)さんね。座敷の掃除をしてると思うよ」
「そうですか、ありがとうございます」
「いえいえ」
 にこやかに応じる直子さんに頭を下げると、私は厨房を出てホールに進んだ。
 さっきから掃除機の音がする。
 ホールにはテーブル席と小上がり、それに座敷があった。テーブル席は四人用が五つ、小上がりには四人用の座卓が三つ、それぞれの直上に和紙のカバーのついた照明。開店前だからか明かりはついていなかった。掃除機の音は座敷のほうから聞こえる。
 近づくと細身で長身の女性が家庭用の赤いボディの掃除機をかけていた。二十畳ほどの部屋には四人用の座卓が三つずつ二列に配置されていた。座卓の上には座布団がある。
「おはようございます!」
 私が声をかけると彼女はすぐに気づいた。掃除機のスイッチを切って近づいてくる。
「おはよう、青森さん。今日から頑張ってね」
 この人は大沢彩(おおさわ・あや)さん。このお店の店主の奥さんだ。実は面接のときに会っている。お店がお休みのときだったからか彩さんとしか会えなかったけど。
 面接のときにも思ったけど綺麗な人だなあ。
 直子さんほどではないにしろ胸も豊かだし。
 美人でスタイルも良くて……。

あれ?
 もしかして、私もここで働けるくらいだから結構いい線いってる?
 などとアホなことを考えながら自分の小さな膨らみに手を当てる。
 うん、気のせいでした(泣)。
「早速で悪いんだけど、お店の前を掃いてきてくれる? ほうきとちりとりはあっちにあるから」
 彩さんがホールの隅を指さした。そこは小上がりと壁一枚で隔たれていてホールのテーブルからも見え難い。業務用の掃除機とかゴミ箱がちょっとだけ見えた。
「わかりました」
「掃除機の脇の事務机の上に荷物を置いてね。私のと直ちゃんのバッグがあるからすぐにわかると思うけど。それとエプロンもあるからそれを使ってね」
「はい」
 私は指示された事務机の上にリュックをおろした。

 すぐわかるところに彩さんたちと同じデザインのエプロンがあったので身につける。
 ほうきとちりとりもすぐに見つかった。
 よし。
 私は気合いを入れると掃除に取りかかった。
 
 
 
 そば処・詠鳥庵。
「えいどりあん」ではなく「えいちょうあん」と読む。
 もっとも、私もお店の名前を初めて見たときは「えいどりあん」と読んでしまったけど。
 彩さんが苦笑いしながら「間違える人多いのよね」って言ってたっけ。
 まだ少し寒い三月の空気。杉花粉とかも飛んでいるから花粉症の人にはまだまだ辛い季節。
 幸いなことに私は花粉症とは無縁だ。
 これから訪れる桧花粉もどーんとこいだ。
 空は晴れ渡り、雲一つないいい天気。ほうきで店先を掃除するより日なたぼっこをしたいくらいの……いや、それにはもうちょっと気温がほしいかな。
 埃やゴミをちりとりに集めていると、どこからか奇声が聞こえてきた。
「にゃにゃにゃにゃーっ」
 猫?
 でも、猫というよりは誰かが下手な鳴き真似をしているみたいだ。
 奇声がどんどん大きくなってくる。
「まずいまずいまずいにやーっ!」
 あ、やっぱり本物の猫じゃなかった。
 声の主の姿は見えない。
 お店は県道に沿って建っていて、店の前には駐車場もある。普通自動車はもちろんマイクロバスやトラックも停められそうな広さだ。
 お店の外観は和風そのものでいかにもそば店といった感じ。県道からの入り口には看板とのぼりが立っていてのぼりのほうは風や車の風圧で揺れたりしている。開店前だから一台も駐車していない。
 私は目を閉じて想像してみる。
 お昼時にはここは満車になるのだろう。
「にゃーっ!」
 奇声が浸ろうとしている私の気分をぶち壊してくれた。
 もう、邪魔しないでよ……。
 ばたーん!
 厨房のほうでものすごい音がした。
 正確には勝手口のドアが閉まった音だったけど。
「おはようございますにゃーっ!」
 え?
 私は窓越しに店の奥、厨房に目をやった。
 直子さんの他に誰かいる。
 茶色いシャツに紺のジーパンといった格好の女の子だ。背は直子さんの胸より低い。
「タマちゃんまた寝坊?」
「違うにゃ、寝坊じゃないにゃ! 目を閉じていた時間が長かっただけにゃ!」
 直子さんに何だかわけのわからない言い訳をしてる。
 私は店内に入った。
 女の子は見た目中学生で、なぜか栗色のショートの髪からちょこんとネコミミを生やしていた。
 いや、あれはそういうデザインの髪飾りだよね?
 私がそんなふうに思っていると女の子がホールに入ってきた。
「にゃ?」
 私と目が合う。
 小首を傾げた。
「……」

「お、おはようございます」
 とりあえず挨拶してみた。
「彩さーん!」
 私の挨拶に返さず、彼女はぷいっと横を向いて座敷のほうに行ってしまう。
 無視されちゃった……て、はぁ?
 その後ろ姿に私の落胆が吹き飛ぶ。
 しっぽだ。
 栗色の細いしっぽが延びている。
 ええっ?
 この娘、ネコミミだけでなくしっぽまで付けてるの?
 
 
 
 私は彩さんにネコミミの女の子を紹介された。
「こちらタマちゃん。あおいちゃんと同じでパートさんよ」
「よ、よろしくお願いします」
 私は頭を下げて挨拶した。
「……よろしくにゃ」
 今一つテンションが低い。
 もしかして第一印象で嫌われたかな?
 でも何かした憶えがないんだけど。
 タマちゃんは一五五センチの私より背が低い。栗色のショートカットが似合う可愛い女の子だ。
 茶色いシャツに紺色のジーパン、それに彩さんや私とお揃いのエプロンをつけている。
 ……気になる。
 私はタマちゃんの頭の上とお尻が気になって仕方なかった。
 高校生のときは駅の売店で販売、大学生のときは出版社の営業部で通販業務のバイトをしたことがある。
 大学卒業後に就職した広告会社は一年と持たずに潰れてしまった。
 その後、職探しに苦労していた私にアパート(浅間ハイツ)の大家さんである京極夏彦(きょうごく・なつひこ)さんがこのお店を紹介してくれたのである。
 社会人一年目の私では人生経験が足りないのもわかっている。
 わかっているけど……。
 職場に猫娘のコスプレをしている人に出会うのはここが初めてだ。
 というかアリなの?
 ネコミミ店員のいる店だなんて聞いていない。
 もし私にもネコミミをつけろとか言われたらどうしよう。
「あっ、そうだ」
 彩さんがポンと手を叩いた。
「人間はあおいちゃんだけだけど心配ないからね」
「はい?」
 我ながら頓狂な声が出た。
 
 
 
「ど、どういうことですか?」
「彩さん、こいつ頭悪いにゃ」
 いきなり悪態つかれた。
 しかも初対面の人に向かって「こいつ」ってどうなの?
「タマちゃんはもうちょっと口のききかたを覚えましょうね」
「でも本当のことにゃ」
「……タマちゃん」
 彩さんのこめかみに「怒」マークが浮かんだ。
「お口チャック」
「……」
 慌ててタマちゃんが両手で口を塞ぐ。
 彩さんはにこにこしているけど目が笑っていない。
 あ、この人怒らせたらまずいタイプだ。
 人生経験が乏しい私にもそれくらいはわかる。
 で。
 話は彩さんの「人間はあおいちゃんだけ」発言に戻る。
「私だけってどういうことですか?」
「言葉の通りよ」
「え?」
 訳がわからない。
 タマちゃんがバカにするような目で見てくる。
 むっとするものの黙っておいた。
 一応、相手は職場の先輩だ。
 諍いは避けたい。
「うーん」
 彩さんはちょっと首を傾げる。
「面接のときに話していなかったかしら?」
「えっと……聞いた憶えがないんですが」
「そう? じゃあ、今聞いたわよね?」
「……」
 確かに今聞きましたけど。
「そういうことだから」
 いや、そういうことだからって……。
 これ結構重要な話ですよね?
「人間は私だけってことはみなさん何なんですか」
「何だと思う?」
 質問を質問で返されてしまった。
 もし、人間でないとしたら……。
 思い至り、私はぞっとした。
「ゆ……幽霊ですか?」
「ブー、不正解」
「じ、じゃあお化け?」
 言ってしまってから、「幽霊と大差ないじゃん」と心の中で自分につっこむ。
「うーん」
 と彩さん。
「その呼び方も間違ってはいないんでしょうけど私は好きになれないわね」
「ご、ごめんなさい」
「別に怒ったわけではないから。ちなみにあおいちゃんは妖怪っていると思う?」
「えっと」
 私は中空に目をやった。
 千葉のお母さんの実家で「きつねが人を化かす話」とか「子供が川で河童を見た話」とかを聞いたことがある。
 私自身それっぽいものに遭遇した経験があった。
 でも、それは白昼夢だとみんな信じてくれなかったけど。
「いる、と思います」
「そう、あおいちゃんは会ったことあるのかしら」
「名前まではわかりませんが……真っ白で体格が大きくて目が一つしかなくて太い角が一本頭から生えているものなら見たことがあります」
 なぜか電信柱の脇に立ったまま動こうとしなかったなぁ。
 目が合って、怖くて足がすくんでいるうちに消えちゃったけど。
「それ、きっと一角(いっかく)ね」
 彩さんが言った。
「悪い人はほとんどいないから害はないと思うわ。あってもせいぜい肋骨を折られるとかお腹を角で突かれるくらいだから」
 いやいやいやいや。
 私は無言で否定する。
 それ、十分害になってます。
 てか、悪い人だったらどんな目に遭わされるんですか?
 ぼそりとタマちゃんがつぶやいた。
「お前、運が良かったにゃ」
 ひぃぃぃぃぃぃぃーっ!
 危うく卒倒しかけるのを何とか踏みとどまる。
「一角も最近はすっかり見かけなくなったわね。やっぱりみんな人の少ないところに行っちゃったのかしら」
 遠い目。
「以前はこのあたりにもたくさんいたのに」 ……え?
 そんな物騒なお化けがこの辺にもいたの?
 顔に出てしまったのだろう、彩さんが優しく微笑んで付け足した。
「目を合わさなければ何てことない人たちよ。合っちゃったら覚悟しないと……」
 プチン。
 ふぅ。
 いきなり視界が真っ暗になった。
 
 
 
「……ちゃん」
 誰かが身体を揺すっている。
 誰だろう?
 聞き覚えがあった。
「こいつ役立たずにゃ」
 あ、こっちは何となくわかる。
「タマちゃん、そんなこと言ったらダメよ。怖がりの人もいるんだから」
 そうだ、この声は彩さんだ。
 てことはもう一人はタマちゃん。
「面接のときに怖がりかどうか聞いておくべきだったんじゃない? 僕ならそうしたよ」
 この声は直子さんかな?
「でも、夏彦さんの紹介だったし、免疫はあると思うんだけど」
「一角の話なんかでぶっ倒れる奴にここは務まらないにゃ」
「いやいや、前に会ったことあるんでしょ? そんな体験してるのにあいつらの話なんてしたら恐怖で気を失っても仕方ないよ」
「京極の社長もどうかしてるにゃ。こんな奴よこすにゃんて」
「タマちゃん、夏彦さんの悪口はダメよ。」
 彩さんがたしなめる。
「あれでも一応偉い人なんだから」
「大極宮(たいきょくぐう)の一人だもんね」
「それならうちの大将も大沢の人にゃ」
「あら、あの人は大沢家の一員といっても本家の五男坊よ。そんなに偉くないわ」
「いや、十分偉い人だよ。そば屋の店主をやってるのが未だに信じられない」
「うふふ、直ちゃんってば、そんなこと言ってもおだてにならないわよ」
「そっかぁ、気をよくさせてまかないのご飯超大盛りを許可してもらおうと思ったのに」
「直子がこれ以上食ったらお店が傾くにゃ」
「あはは、タマは手厳しいなぁ」
 三人の会話を聞いてるだけでこの店の雰囲気がわかる。
 とっても楽しそうな職場だ。
 私も頑張って早くここに馴染まないと……。
 私は目を開けた。
「あ、気づいた」
 直子さんの快活な声が迎えてくれる。
「良かった。このまま起きなかったらまかないが無駄になるところだったよ」
 え?
 いきなり変なこと言ってるんですけど。
「お前いい身分にゃ」
 タマちゃんが冷たい目でこちらを見ている。
「お前が眠ってる間にお昼の営業は終わったにゃ。ろくに仕事しないくせにまかないだけはしっかり食べさせてもらえるなんて、図々しいにもほどがあるにゃ」
「タマちゃん、気絶してたんだからそんなに責めちゃ可哀想よ」
「彩さんは甘いにゃ」
「タマが厳しすぎるんだよ。じゃあ僕、あおいちゃんのまかない持ってくるね」
 直子さんがそう言って場を離れる。
「直子がつまみ食いしないように見張るにゃ」
 タマちゃんも席を外す。
 私はあたりに目をやった。
 ここは和室だ。
 八畳ほどの部屋の中ほどに敷かれた布団に私は寝かされていた。壁には三月のカレンダー。暦の下には「京極不動産」と書かれていて連絡先が記されている。大家さんの経営する会社だ。
 他には古めかしい箪笥や小さな座卓、淡い緑色の座布団とかもある。
 彩さんがすぐそばで正座していた。
 にこやかに。
「うち、妖怪も人間も関係なくお客として来るから。あおいちゃんもそのつもりでお願いね」
「……」
 また気を失いかけた。
 私、やっていけるのかな?
 
 
 
 お昼の営業時間で役に立たなかったのに私はまかないを食べることができた。
「すみません。営業中に寝てたのにいただいちゃって」
 直子さんが運んできてくれたまかないを前に私はみんなに謝る。フタのついた丼と同じくフタつきのお椀、小皿にのったキュウリ漬けと沢庵が割り箸とともにお盆の上に並んでいた。
「気にしないで。私もあおいちゃんに怖い体験を思い出させちゃったんだし」
「いえ……」
 一角(いっかく)のことが頭をよぎり、私は苦笑する。
 こんなことじゃここでやっていけないよね。
「ほらほら、せっかくなんだから食べちゃいなよ」
「はい、いただきます!」
 直子さんに促され、私は丼のフタを開ける。
 天丼だった。
 ご飯の上にエビ天が二本とナスとピーマンとカボチャの天ぷらがそれぞれ一個ずつのっている。タレの甘辛い匂いとごま油の香りが広がり鼻腔をくすぐった。
「わぁ!」
 思わず声を上げてしまう。エビ天だけでなく野菜の天ぷらまでついてるだなんて。
 これ、普通にお客さんに出しているのと一緒なのかな?
 私はたずねた。
「これってお店で出しているのと同じですか?」
「そうよ」
 彩さんが優しく微笑んだ。
「お前贅沢にゃ」
 タマちゃんが睨んでくる。
「ろくに働きもせずに一人前1200円の上天丼を食べられるなんて贅沢以外の何物でもないにゃ」
「あ、えっと、ごめんなさい」
 頭を下げた。
 彩さんがにこにこしつつドスを効かせる。
「タマちゃんは黙っていましょうね」
「けど彩さん…」
「お口チャック」
 慌てて両手で口を塞ぐタマちゃん。
 ……やっぱり彩さんて怒らせたらダメなタイプだ。
 私は再度この人を怒らせないようにしようと決めた。
「さぁ、食べて食べて」
 放っておいたら自分で食べてしまいかねない勢いで直子さんが急かす。
 私は割り箸を割った。
 早速エビ天を一口ぱくり。
「んーん」
 思っていたよりもずっと美味しい。
「美味しいです、すっごく美味しいです!」
「そう? あおいちゃんのお口に合って良かったわ」
 彩さんは嬉しそうだ。
「どんどん食べてね」
 直子さんは心なしか食べたそうにも見える。
「……」
 タマちゃんは文句をつけたいみたいだけど彩さんが怖くて何も言えなくなっている感じ。
 私はエビ天だけでなくご飯も食べる。天ぷらのタレの味がほどよくしみこんで口の中で……うん、語彙力足らない。
 食レポなんてできないよ。
「お口でご飯がフィーバーしてる!」とか「丼の中は宝石箱や!」とか、テレビリポーターやタレントが用いるありきたりな表現は使いたくないし……。
 だからとにかく「美味しい」ってことで。
 お椀のほうはお味噌汁だった。具は豆腐となめこ。味噌は白味噌と赤味噌の合わせ味噌のようだ。
「これ、白味噌と赤味噌の合わせ味噌ですか?」
「そうよ」
 彩さんがうなずいた。
「配分はうちの人が考えたの。そういえば、まだ紹介してなかったわね」
「あ、はい」