静かな部屋。
春から地元と離れた専門学校に通うことになり、私はひとり暮らしを始めた。最初は不安もあったけれど、今では掃除や料理にも慣れ快適に生活を送れるようになってきて、友達と遊んだり、夜更かししてお菓子を食べたりと好き勝手に楽しんで過ごしている。
そんな私だけしかいないはずの部屋の中で、不服そうにこちらを見る男が一人。
「えぇ?もう他人だから、とかちょっとひどくないか?少しは悲しんでよ」
すぐそばで抗議の声が上がる。隣で私のスマホを覗き込む気配は先程から感じていた。だけど、私はソレをあえて見ないようにしていた。
「……」
ゆっくりと瞬きをする。目を開けて、閉じて、また開けて。
視界の端で、いるはずのない人が。動いて、話して、ちょっと傷ついたような顔をしている。
やっぱり、いる。
私の部屋に。
「…………湊……」
思い切って、さっきまで話していた元カレの名前を呟いてみた。
まだぶつぶつと文句を言っていた彼はその言葉にピタリと動きを止めて、こちらを振り向く。
「……呼んだ?」
「…………」
死んだはずの元カレが、紛れもなく私の部屋に、すぐそばに、半透明の体で存在している。
……あらためてその事実を確認して、私は今にもめまいがしそうだった。
見た目は最後に見た一年前とあまり変わっていない。けれども着ているのはさすがに制服ではなくラフな私服で、まさに休日の社会人といった格好だ(?)。私の語彙力がないからか、あまりの非現実に頭がついていけていないのか、うまく考えることができない。
「……なになに?本当はちょっと悲しいとかかな。こういうとこ、素直じゃなかったよなぁ」
すぐ横に私と同じように寝転がって彼は笑う。あの頃と同じ、優しい微笑み。
「ねぇ、こっち向いてよ」
返事をしたほうが、いいのだろうか。
彼はおそらく、私には自分の姿が見えていないと思っている。
私は迷って、けれどいくら考えても結論は出なくて。だから彼が私の名前を呼んだとき、そっと口を閉ざした。
「……里奈」
「……」
彼が私の横顔を眺めるのに飽きるまで、私はずっと彼と目を合わせないように天井ばかりを見つめていた。