「そう、ですか。そういうことなら、私は大丈夫です。
 なんだか、すみません」


「いや、俺の方こそ。悪い。
 君を、奏音をとても愛していたよ」


だったらどうして、私の方を選ばないのですか。
私は七海よりも愛されていると勝ち誇っていた。
だけど葛城さんが選んだのは私ではなく、七海。


結局のところ、私はただの不倫相手でしかなかったのね。


いつか葛城さんと一緒になれるなんて、バカな願いだった。
現実に返れば、そんなことあるはずがないとすぐに気付くのに。


「じゃあ、さよなら」


「あっ、さ、さよなら……」


去っていく葛城さんを黙って見送る。
葛城さんは一度振り返った。


「そうそう。俺は君の上司だ。
 困ったことがあればいつでも言ってくれ。じゃあな、一ノ瀬」


名字で呼ばれたことに、もう「奏音」と呼んではもらえないと察する。
すると急に寂しくなった。


あの声で、私の名前が紡がれることはもうない。
私を優しく呼ぶ声が、遠くなっていく。


心臓が急にバクバクと鳴った。


気付けば体が震えている。
立っているのがやっとな私は、唇を噛みしめて、
葛城さんの背中を見つめていた。








どのくらいそうしていたのか、
肌寒く感じたため部屋に入ると、
冷めきった料理がちょこんと置かれていた。


せっかく作ったのにな……。
自分で食べる気にもなれなかった。



その日、ピンクのごみ箱が口を大きく開けて、
私の料理をバクンと食べてしまった。