カバンをクローゼットに押し込んで、
着替えもせずにキッチンへ立つ。


手早く下準備をして料理に取り掛かった。


昨日運よく掃除をしておいてよかった。
これなら葛城さんが来ても恥ずかしくない。
運のいい女だと自分で思いながら鼻歌混じりに料理を作った。




時計が7時半を示した。
料理も出来上がって、テレビをつけてバラエティ番組を見ていると、
ピンポーンと呼び鈴が鳴った。


葛城さんだわ、と思って顔がほころぶ。
すぐに玄関まで行って扉を開けると、
私の望んだ人が立っていた。


「早かったですね、お仕事お疲れ様です」


「……ああ」


ん?何か様子がおかしい、気がする。
どこかそっけないというか、しおらしいというか。
首を傾げて葛城さんを見ると、申し訳なさそうに微笑んだ。


「あの、上がってください。
 今日は葛城さんのために肉じゃがを作っ……」


「いや、ここでいい。すぐ済むんだ」


「えっ?」


葛城さんは手で私を制すと、コホンと一つ咳ばらいをした。


玄関で済む話とは?
せっかく作ったのに、食べないのかしら。


「なんですか?話って」


「奏音」


「はい」








「俺と、別れてくれ」








「……はい?」


ぽかんと、口を開けて葛城さんを見る。
葛城さんはきゅっと目を閉じた。


なんで?どうして?
私たち、順風満帆だったじゃない。
どうして今、別れなのよ。


「七海に、不倫を疑われているんだ。
 足がつく前に、別れないとと思って」


「なっ……どうして……」


七海が不倫を疑っていることは分かっていた。
ついさっき聞かされたもの。
でも、私たちが堂々としていればバレないのよ?


どうして別れを切り出すの?
今まで通り、隠していれば上手くいくじゃない。


なんて、そんなことは言えなくて。
私は言いたいことを喉の奥に押し込んで、
何でもないようなフリをして笑ってみせた。